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原稿用紙はいつも真っ白

「書く」という経験の中で、過去を振り返ってみようと決めた。豊かにしてくれたもの、苦しかったもの、沢山ある。

さて、何から書けばいいだろうか…

仕事中ぼんやりしていると頭の中にゆらゆら浮かぶ思い出の断片。それをメモ帳に書き出して集めた。あの時の私はこの記憶の中で、本当は何を思っていたのだろうか。

得意な妄想力を使って1990年代のあの頃へタイムスリップした。
小学校の放課後の教室、学校のにおいがする。
そうだ、居残りをして作文を書いたんだ。

机の上には薄い茶色の線で書かれた原稿用紙。
裸のちいさい消しゴムと消しカスにえんぴつ。
夕日が行儀良く並んだ机と椅子を照らしている。

あの日の自分を心の中でじっくり観察していくと、当時は分からなかった感情にじわりと気付いて、現実では仕事中だというのに、涙で視界が滲んだ。

小学生の頃、私はとんでもなく作文が書けない子供だった。それはそれはとんでもなく書けない。

授業中は白紙のまま。
鉛筆を指先で揺らして30分が経過する。
なんとかやっと書き始めても3行で消したくなる。 
頑張って5行書いたあたりでこれで正解なのかなんなのか、自分が何を書いているのか分からなくなるのを繰り返した。

規則正しく並ぶ原稿用紙の四角形を見ると、毎回ウンザリした。それを2枚も渡された日には絶望。

何度も書いては消しを繰り返して、ペラペラの原稿用紙だってこすられ過ぎて痛いよと泣き出したいはずだ。それはこっちだって同じだ。
消しゴムだってどんどん小さくなる。なのに、こんなにがんばっているのに、真っ白いままなんだ。

いらいらもやもやして、消しゴムで紙面をこする力加減もだんだん出来なくなっていく。ついにはクシャッと紙が音を上げてシワができてしまった。それでもまだ白いままの原稿用紙を見ると、ものすごく自分がくだらなく情けないやつに感じた。

書けない、それだけのことなのに。

みんな普通に書いてるのに、どうして私にはこんなに書けないんだ。嫌だ嫌だ嫌だもう書きたくない。

なのに。学校は作文を書けと言ってくる。
どうして書かなければならないのか、これが何になるのか、説明もしてくれないのに。

今日中に提出だと先生が言うから居残りをして一生懸命書こうとしているのに、先生は私のことなんか見にも来ないじゃないか。

自分が何気なく扱う言葉の強制力を、大人は考えもしない。

作文を書いたらちゃんと出すんだよ、くらいの軽い感覚で言ったのだろう。そんな事は今なら分かる。だけど、小学生だった当時の私にとっては、これが終わらなければ家に帰れない。それくらいに思わせる力があった。

だからといって書けないものは書けない。
言葉が出てこないものを書けという方が無理な話だ。だけど、言われたのだからやろうとする。
「書けないもん!」と放り出しては帰れない。
私はそういう子供だった。

クラスに何人かいる調子がよくてお馬鹿そうな男子も作文を書き終えて先に帰って行った。居残りしてまで書いている子も数人しかいない上に、最初から女子は私だけ。

女の子が一人もいないという事もなんだか余計情けない気分にさせた。女の子は全員書けるんだ…私おかしいのかな。そう思った。平等が叫ばれる今の世の中で、この言い方は突っ込まれるのだろうか…とも考えたが、当時の心細い気持ちをわかって欲しくて、そのまま書いておく。

日が暮れて、放課後に残って遊んでいた子達の声もどんどん少なくなり、静かな教室に一人取り残された。

まるで、自分だけが世界から切り取られてしまったかのように錯覚したのをなんとなく覚えている。
あの時の作文は結局どうしたのだろう?
その記憶はあいまいで、思い出せない。

ただ、夕暮れの教室はあまりに静かで、オレンジ色に輝く太陽はこんなにきれいなのに、私はひとりで何をしているのだろうと思った。

そして、きっととても寂しかったんだ。

本当は、気付いて欲しかった。
本当は、問いかけて欲しかった。
どうして書けないのか、
どうしたら書けるのか、一緒に考えて欲しかった。

そんな心の渇望を伝える言葉を、あの頃私は持っていなかった。心の中の“ もやもや”も“ いらいら”も口から出てきてはくれない。
それは上手く書けない作文とおんなじだった。

感情を言葉にする事もみんなよりずっと下手くそだった私が、文章をみんなと同じような速さで書けるはずがなかった。

文章を書けない人はいないと思う。
上手く書けない、きっとそれだけなのだろう。
ちっとも書けなかったあの頃の私の頭の中にも、色彩豊かな世界が広がっていたことを知っている。

自分が知ってる言葉と、自分の内に広がる景色が、なんだかうまく言えもしないのに全然違うということだけははっきり分かって、納得できなかった。

だから何度も何度も書いて、消したんだ。

あの頃は自分の豊かな想像力を扱いきれていないだけだったんだ。今ではそう思っている。
30年近く時が流れて、沢山の言葉を覚えた今の私が、あなたの気持ちを拾って集めて文字にしてあげよう。

何を書こうかと心の扉を叩いて、一番はじめに顔を見せてくれた思い出の中のちいさな私に、声をかけてあげようと思う。

「あなたは私の大切な宝物だ」
がんばってくれて、ありがとう。

妄想の時間旅行で気付いた幼い日の心。
寂しさ、苛立ち、恥ずかしさ、無力感。
それを今になってやっと優しく抱きしめることが出来た気がする。

それでも、あの日の私はこれからもずっとひとりきりのまま、夕日の差し込む教室で真っ白な原稿用紙をひとり見つめている。
だけど、誰にも気付かれなかった私の存在を、今あなたに伝える事が出来た。

私はこれを書くために、あの時ひとりぼっちだったんだと、そう言えるんだ。

今は書けなくても大丈夫。
ずっと先にいる私が、あなたを書いてあげるから。


なにかあったかい飲み物でも飲みながら、私の話をまた聞いてくれたら、嬉しい。

NEXT
マッチ売りの少女は嫌いで、読書感想文も凄く嫌いな話。

を、書こうかな。

…新年にでも。今疲れてるから未定…
ヾ(:3ヾ∠)_ではまた!!
読んでくれてありがとうございました!!!
ラブ





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