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推しがコンプレックスから解放してくれた話

「縮毛矯正したあと、髪はどう切りますか?」

背伸びをして予約した、都会のオシャレな大きい美容室。
鏡がたくさんあって、美容師さんも多い。私の背後に立っているのは、オシャレな風貌の男性の美容師さん。
二十ウン年間田舎の美容室しか行ったことのなかった私はこのシチュエーションにウキウキしていた。

「そうですね……前髪作ってみようかな」

せっかくならいつもと違う髪型にしようと何日も前から決めてきた。私は少し緊張気味にお願いした。

私のお願いに、美容師さんは微妙な表情をした。

「あー……ストレート保ちたいなら前髪長いままの方がいいと思いますよ」

美容師さんが私のためにこう言ってくれたのはすぐに理解はできた。髪が伸びてきて根元に癖が出てきても、長いと重みで真っ直ぐの状態を維持できるのだ。私の天然パーマは非常に頑固なのでヘアアイロンなんかではどうにもならないのだし。
でも、私はかなりショックを受けていた。
──この先、私はずっと同じ髪型しかできないのか……。

高校生の時から縮毛矯正を当て続けていた私は、確かに何年も同じ髪型だった。
前髪はいつも後ろと同じくらい長くしていた。学生時代はバレー部、そして接客業に就職したというのもあり、長い前髪を後ろの髪とまとめてポニーテールにするのが普段からの私だ。
縮毛矯正とヘアカラーを一緒にやるのが面倒で、髪を染めたことはなかった。

いや、前髪が欲しいんです、と主張すれば恐らく切ってもらえただろう。
でも私は「……じゃあ、長めで」と微妙な笑顔を浮かべて頷いた。
なんか、どうでもよくなった。



私は生粋の天然パーマだ。
両親ともに天然パーマ。更に少し遡っても天然パーマの血しかないので、まさに逃れられない天然パーマ。幼少期の写真を見ると、記憶に相違なくやっぱりこの頃からくるんくるんしているのである。

幼い頃から私はこの天然パーマを憎んでいた。ストレートヘアの友達に「天然パーマかわいいじゃん」と言われる度に、本当にそう思っているの?と疑ってきた。
天然パーマを理由にいじめられたというわけでは全くなく、恐らく当時の私はとにかくストレートヘアに憧れていたんだろう。
高校生になった私は、入学早々担任教師から「天然パーマなら地毛証明書出した方がいいかもね」と言われた。
なんでわざわざコンプレックスを届け出ないといけないんだろう。そう思った私は結局地毛証明書は出さなかった。

そして、高校生になってしばらくして縮毛矯正を当てた。
私はついに憧れのストレートヘアになったのだ。



高校生だった私は約10年の時を経て、すっかり大人になった。社会人になってからも変わらず縮毛矯正のお世話になっていた。

縮毛矯正を当てて数ヶ月も経てば、伸びた根元がうねり出す。
そんなウネウネの前髪を鏡でぼんやり眺める。そろそろ美容室行かないとなあ。でも、いつもの髪型にはもう飽きたんだよなあ……。

そんなことを思いながら、今日通販で届いたばかりの雑誌を開いた。
私は最近俳優の大泉洋さんにハマっていた。雑誌の表紙にはどんと大泉洋さんの顔。
バラエティのトークはもちろんおもしろいんだけど、ドラマや映画、舞台での演技もすごいし、この表紙の写真だって色気がすごい。おもしろさとかっこよさのギャップに、私はすっかり魅了されていた。
どのページの写真も素敵だ。かっこいい。私は感動を噛み締めながらページをめくった。

インタビュー記事も読み終えた私は雑誌を閉じた。そして、ふと思いついた。

「……いっその事、洋ちゃんみたいな髪型にしてみようかな」

案外私は単純なのだ。
この時の私というのは、推しと同じ髪型にしてみたくなっただけなのである。
そして、ちょっとでも明るい人間に近づきたいとも思った。私はとても根暗なので。

ならば髪はもう少し伸ばして、天然パーマを復活させよう。
そして、かなりうねりが増えた頃に私はようやく地元の美容室を予約した。小学生のお子さんのいる、可愛らしい雰囲気の女性の美容師さんが一人でやっている小さな美容室だ。

「カットとヘアカラーで」

学生時代からずっと縮毛矯正をしてくれていた美容室で縮毛矯正を頼まないのは緊張した。初めてのヘアカラーにも緊張していた。

「髪の長さはどうされますか?」

美容師さんの質問に、来たっと背筋を伸ばした。スウと息を吸う。

「えっと、思いっきってバッサリ行こうかなって……」

えー、とか、爆発しますよ、とか、微妙な表情で言われたらどうしよう。
実験に失敗した博士みたいになってもいいやって決めてきたのに、否定的な言葉を言われるのはやっぱり怖かったのだ。
結果、私の語尾は小さくなり、かなりごにょごにょ言ってしまった。

「なるほど!いいと思いますよ!」

美容師さんは明るくそう答えた。それは拍子抜けするほどに。
ヘアカタログを出してきて、ショートヘアのパーマのページを開いて見せてくれた。

「天然パーマって案外短くした方がまとまるので、多分こういう感じになるかなあ。どれにしたいですか?」

特にどういう髪型にしたいのかまでは決めていなかった私のために、どこまで切るか、耳は出すのか、前髪の長さは、と質問してくれた。思い切ってベリーショートにしてみることにした。
初めてのヘアカラーも、「初めてですか!イメチェンいいですね!」と明るく言ってくれた。

完成した髪型は、全然爆発していなくて、まるでパーマを当てたように綺麗にまとまっていた。
鏡に映る天然パーマの自分を初めて「いいじゃん」って思えた。

さて、この髪型、もちろんドライヤーも楽だし毎朝のセットもムースでくしゃくしゃっとするだけで完成というお手軽さなので私はすぐに気に入ったのだが、思った以上に周りからの反応も良かった。

「パーマ当てたの?」
「え!?天然パーマなの!?全然分からなかった!」
「その髪型、私も真似したいくらいいいわね」

……などなど。とにかくたくさん褒めてもらえたのだ。
正直、私はパッとしない地味な女である。こんなにチヤホヤされたのは初めてだった。

そして、ちょっとだけ明るくなれた気がした。
ただ人間そう簡単に性格は変わらない。相変わらずジメジメっとした思考の根暗人間だ。
でも、人前では多少明るいキャラを演じることができるようになった気がする。
それが果たして私の中で大泉洋さんという人から好かれるキャラクターのお手本ができたからなのか、髪型を真似したからなのか、天パがコンプレックスじゃなくなったからなのか、判断はできないけど。

昔からあんなに気に入らなかった天然パーマ。
今やすっかりコンプレックスからチャームポイントである。
大泉洋さんの存在が私をコンプレックスから解放してくれたのだ。


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この文章を最初に書いたのは恐らく2021年でした。なのでこれは再掲です。
2023年の私も変わらずありのままの天パで生きてます。くるくるベリーショート、相当気に入ってます。

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