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澄んだ瞳の、くましんし〜「車のいろは空のいろ」を読んで〜

あまんきみこ、という作者名を見て、懐かしさに心が震えた。
「ちいちゃんのかげおくり」を国語の教科書で読んだ、小学3年生だったころの記憶がぶわっと蘇ったのだ。
晴れた日の校庭で、私も友達と一緒にかげおくりをした。青い空に、白いふたつのかげぼうしが浮かんでは消えた、遠い日の記憶。

今回の読書感想文企画の課題図書のひとつに、あまんきみこさんの書かれた本があった。
「車のいろは空のいろ 白いぼうし」。
読みたい。あのころの夏休みのように感想文を書きたい。
すぐに図書館へ走った。

何年もの歳月をかけてたくさんの人に大切に読まれてきたであろう、よく日焼けした本。表紙をめくると、まず地図が目に飛び込んでくる。
これから始まる物語の中で、空色のタクシーの運転手を務める松井さんが暮らしている町の地図だ。
私のことを松井さんの暮らす町にいざなってくれるかのようなその地図に胸を高鳴らせながらページをめくる。
めくった先には、松井さんが経験した不思議な出会いや出来事をつづった物語がいくつも続いていた。

教科書にも載っていた「白いぼうし」が懐かしかったのはもちろんだが、私は特に「くましんし」が印象に残っている。
タクシーの車内に落とし物があることに気づいた松井さんが家まで届けに行くと、迎えてくれた品の良い紳士は、部屋の中で自身の姿を人間からクマへと変える。

「このわたしの顔、こわいですか?」と尋ねるくましんしに松井さんが返した言葉に、私は胸がいっぱいになった。
「いいえ、本物のくまになっても、変わらないものがひとつだけあります。それは――目です。」というものだ。
松井さんは、目の前に座っているのが人間であるか、クマであるか、ではなくて、その瞳が澄んでいるか、優しさをたたえているか、ということを第一に考えてくれた。
そして、くましんしのことを怖くない、と受け入れた。
松井さんの優しさやあたたかさが伝わってくる、大好きなシーンだ。

松井さんにそう言ってもらえたくましんしは嬉しそうに、
「ほんとうのすがたのままでいられるということは、それだけで、とてもうれしいことなのですよ。おわかりですか。」
と述べている。

わかる。わかりすぎるくらいに、わかる。

おそらくは中学時代にカースト上位のクラスメイトたちに散々やられたのがきっかけだろうが、人目を気にして、評価におびえて、人から「意外」と言われることに異様なほど居心地の悪さを感じてしまい、周囲がイメージしている通りの私でいなければならない、と私は今でも勝手にがんじがらめになっている。そんな私に、この言葉は痛いほど響いた。
本当の自分でいられることが、どれだけ心安らぐことか。

数は本当に少ないけれど、私にも「本心のままの私でいられる相手」がいる。そういう相手と過ごす時間は気持ちが穏やかでいられるし、何よりとても幸せだ。だから、くましんしの感じた幸福感がどれほどのものだったのか、よくわかる。松井さんと出会うことによって、くましんしにもそんな相手が1人増えたのだ。よかったね、と心から思った。
心の中でそうつぶやきながら、ぼろぼろ泣いた。

松井さんは、くましんしだけではなく、人間の姿になり医者として働く山ねこのことも受け入れている。
きつねと思われる幼いきょうだいを乗せたこともある。

くましんしが歌っていた、
「人の世界にくまがすむ くまの世界に人がすむ
どちらがどうかわからない どちらがどうでもかまわない」
という歌詞の通り、この町では人間とどうぶつが隣り合って生活を営んでいる。今はどうぶつたちが人間に姿を変えることで社会に溶け込んでいるけれど、いつかみんながありのままの姿で暮らせるようになったらいいな。

そんなことを願いながら、松井さんのいる町へと思いを馳せる。

松井さんはきっと今日も、あの町のどこかで澄んだ瞳のお客を乗せて空色のタクシーを走らせているのだろう。

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