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みっちんと米良美一の「母」

 石牟礼道子の「苦界浄土」を読もうと思っていた。むらとしょで探したところ、「苦界浄土」は分厚い全集のような本でしか置いていなかった。通勤電車読書派の僕としては「無理」!代わりに何かないかな~と書棚を見て目に止まったのがこの本、「母 石牟礼道子/米良美一 藤原書店」。

 米良美一は「もののけ姫」の主題歌で脚光を浴びたカウンターテナーの歌手。石牟礼さんといったいどういう接点があるのだろう?と興味を持った。

 本書の構成は、まず石牟礼道子の「母」にまつわる短編がいくつかあり、続いて米良美一が以前にその著作への「解説文」を依頼された時のことを書いている。石牟礼さんは天草、水俣の出身、米良さんは宮崎の山間部の出身、歳は44歳も離れているが、共通する風土に育まれてきたようだ。石牟礼さんの母についての文章に米良さんが深く共感して、自然体で解説、というより熱いファンレターのような文章を書けたという。子どもの頃のみっちん(=石牟礼さん)と同級生のような気持ちで文章に入り込んでしまったそうだ。

 次にメインはおふたりの対談。石牟礼さんのご自宅に招かれ手料理でもてなされる米良さん。おふたりの対話は何ともいえない心温まる様子だ。

 石牟礼さんの短編を読んで僕も感じたこと、それは九州のお国言葉の美しさ、おだやかさ。それからゆったりした時間の流れ。人間も風土のなかでゆったりと生きている。米良さんはこんな風に言っている。「道子先生の文章は旋律の流れる歌のごとあって」「音楽がきこえてくるとですよ。紙面から飛び出して立ってくるんです。」登場人物に「会うたような気持ち」になる。「映像が浮かぶとですよ。」名文と名音楽に境目はないらしい。

 対談の中盤ではお互いのご家族のことが話題になる。石牟礼さんの父はすごい音痴だったそうだ。それでも酒盛りの最後に必ず歌ったという。若い衆は待ち構えていて腹を抱えて笑い転げ、みっちんや子供たちは恥ずかしくて座布団をかぶって聴こえないように耐えていたとか・・。米良さん曰く「歌は上手い下手じゃなくて聞いた人が喜んでくださるのがなにより」「お父さんはすごい」と断言。

 米良さんはといえば、生まれつき難病を抱え、ご両親は苦労して土方仕事などやって育ててくれたそう。父ちゃんと母ちゃんが焼酎飲んで「山芋掘り」(喧嘩のこと)をしょっちゅうやって、米良少年は母ちゃんを援護しようと縁側から下駄やら靴やら父ちゃんに向かって投げつけたという。米良さんは僕より5つ年下の1971年生まれ。この世代でもそんな幼少体験を持っている人がいたのだ、と都会育ちの僕は少々びっくりした。同時にそういう体験が米良さんを強く優しくしていったのだろうとも思った。

 そんなこともあって、米良さんは「ヨイトマケの唄」をある時点から大事に歌い続けているそう。美輪明宏さんのオリジナルが圧倒的迫力があって感動的だが、米良さんの歌には誠実さがあって米良さんの良さがある。

 「音楽ってすべて裸で出る。ひとを泣かせたり、ひとを踏み台にするようなことをしたら、神様は助けてくれんごとなるから。うまくできてますよ。」そして作家も音楽家も「天からのメッセージを降ろす、媒介する」ものだと表現する。天からのいいエネルギーを含んだメッセージなら、ひとは感応する、感じあうことができるのではないかと米良さん。石牟礼さんも「感じあうことがなくなると、もう死んだも同然ですね。」と相づちを打つ。

 歳の差を飛び超えたおふたりの対話だが、食事をいただきながらの当たり前のような会話にも人柄があふれている。米良さんの「食べ物から命をいただいている」という言葉も当たり前のようにゆったりと流れていくのが嬉しい。

 米良さんは「せっかく出会ったのだから道子先生にはもう少し元気でいらしてほしい」と言っていたが、対談した2010年から7年あまり、2018年に石牟礼さんは他界した。そして米良さんも生まれつきの骨の難病に加えてクモ膜下出血と水頭症という大病にかかり死の一歩手前のところから回復する、という大変なその後を歩んでこられているそうだ。

 そんなおふたりのこと、もっと知りたいなぁ。読み終えてホッコリ温かい気持ちになっている。

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