おつかいが出来ない
家族なら当たり前にすることだと思ってた
「牛乳がないから、ちょっと買ってきて」や「今すぐ犬を散歩に連れてって」など、普段暮らしていると、今すぐ手を貸して欲しいことが突然起きるのはよくあることです。
家族が協力し合うのは当たり前のことだと思っていましたが、結婚した人は協力できない人で、更には子供までもが、おつかいが出来ないと知った時は、不可解過ぎて、呪われてるんじゃないかと思ってしまいました。
でもこれは、我が家のASD気質の人たちの特性だったのです。
そのモトオとムスメには共通点がたくさんありましたが、二人は急なおつかいが出来ませんでした。ASDの人が急な変化に弱いのは有名ですが、この急というのは、物事の大きさに関係ないので、どんなにつまらないことでも、急であるが故に受け入れられず不機嫌になったりするので問題でした。
家族の誰かが忙しくて、助けを求めていても、急だと対応してもらえない。人が困っていても、気づかない。はっきり言っても、面倒だ、疲れるという理由で拒否される。不本意にわがままと取られると言いますが、この場合、わがままでしかないと思います。
ふたり揃って頼めない人たちでしたから、ほとんどの家事仕事が私の仕事になったのは言うまでもありません。
頼むと不機嫌にされ、「なんで?!」とワケの分からない問答に引きづり込まれるくらいなら、自分でやってしまった方が早いし、楽というものです。
いつか分かってくれるだろうという私の判断は、大間違いだったのです。
実際、発達障害が関わっていると、この判断は、歪んだ認知を確固たるものにしてしまうものだったのです。
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