残念でしたあ!
ムスメのCDプレーヤーが壊れた時のことです。
ムスメはこの時中学1年生で、父モトオとの関係は既に最悪でした。原因はモトオの父親らしからぬ言動にありましたが、私の言うことを一斉聞かないので自然の成り行きでした。
それでもこの件で、彼の無類の電化製品好きが、ムスメとの関係に功を奏するかもしれないと淡い期待を抱いてしまったのでした。
私が昼食を作っていると、モトオがいつものようにスマホにのめりこんでいるのが目に入りました。そこで、少し前にCDプレーヤーが動かなくなったから見て欲しいとムスメに言われていたことを思い出しました。
「そうだ、CDプレーヤー、パパに見てもらったら?」
でもまさかこれが悲劇に繋がるとは思いも寄りませんでした。
CDプレーヤーは彼が見ても壊れていたようでした。モトオが「保証書は?」と、ムスメに聞いた時は『流石モトオ、いい感じ!』と思いました。これはムスメが私の実家で買って貰ったのですが、ちょうどて1年経つかどうかだったのです。
けれども、ムスメは突然保証書と言われて、それが何かすぐに分からなかったようでした。まあ子供ですから無理もありません。けれど、ムスメは困ると逆ギレする子ですし、嫌いな父親との関わりがそこにプラスされていたので、モトオ同様、不機嫌になっていました。
すると、父モトオはすぐに動かないムスメに対して、更に不機嫌になり、腹を立てたのでした。「持って来ないんだったら、知らないからね!」と、これまた意地悪な人のお手本のように言ったのです。
発達障害が分かって一年以上経ち、特性や言動の理由など色々分かっていました。不機嫌になる行動は不適切ですが、長年発達障害を知らずに、それに合った対応を親が出来なかったことにも原因があるので、まずは親が変わる必要がありました。
「見てあげるから、保証書を持っておいで」とモトオが優しく言ってくれることを期待していた私は激しく後悔することになりました。
きっとモトオは、スマホで楽しんでいるところをこんなことで邪魔されて、機嫌が悪くなったのでしょうが、不機嫌の理由が分かるだけに腹が立ちました。
ムスメもいつもならここでブチ切れていたはずでしたが、CDプレーヤーが掛かっていたので、言い返すのを我慢して父親に言われた通り保証書を持ってきていました。その様子を見て私が『ムスメ、頑張って偉い』と思った矢先のことでした。
親として成長できない
モトオがなぜか勝ち誇ったように嫌な感じで、保証書を見てこう言ったのです。
「残念でしたあ! 過ぎてましたあ!
8月○日までじゃなきゃ、ダメなんだよ!」
父親としてあり得ない言動に、私は心底がっかりしました。
『保証期間をちょっと過ぎてて、残念だったね。 悔しいね』と、子供の気持ちを汲んで代弁してあげることが、なぜできなかったのでしょう。
いろいろ想像してしまいました。この人は、もしかして、外で人からこんな風に言われてるのだろうか、それとも、彼もこんな風に育てられてきたのだろうか、と。
だとしたら可哀想ですが、だからといって、いい大人が自分がされた嫌なことを同じように子供にしていいことにはなりません。
私が失望のどん底でそんなことをいろいろ考えていると、ムスメが不意に気の利いたことを言ったのです。
「その時は、まだ壊れてませんから」
絶妙でした。私は思わず吹き出し、部屋中に漂っていた陰気な空気が一気に吹き飛びました。ムスメの一言に救われたのです。
「そうだね! あなたの言う通りだわ。 面白いこと言うね。 でも、保証期間が過ぎてたのは残念だったね。 もうちょっと長かったら良かったのにね」と、私が笑って言うと、ムスメも穏やかになりました。
モトオが気に食わない顔をして、ひとり黙って消えていったのは言うまでもありません。それまで私は、彼のフォローもしてきました。モトオが落ち着いた頃を見計らってムスメのいないところで、子供に対する言動の何がどういけなかったのか、次からはこうした方がいい、こうして欲しいと具体的にアドバイスしていました。
けれど、彼は「自分が思っていない事は言えない。 そんなのは自分じゃないから出来ない」と言いました。
彼には何をしてもムダな気がし始めていましたが、心が締め付けられるようでした。彼が大事にしているのは自分だけだと分かりましたから、私は自分の心を守る為、もう彼のご機嫌取りは止めると決めたのでした。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?