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飛ぼうかな

白鷺が飛んでいた。いや、かもめかもしれない。

助手席に乗って、雄大な川を見つめ、右手には広々とした田畑。白い鳥が羽をうようよさせて飛んでいる。雨上がり、遠くの山々は潤い、天使の梯子に照らされて、みずみずしく輝いている。つい先程、生まれて初めて空を飛んでみたいと思った。

詩や十数年後の未来の中で、飛ぶことへ興味を抱いたことはある。人が飛べるようになったら、空の交通整理が行われるだろうとか、空を飛ぶなら人工的な羽が必要だろうとか、他人が「空を飛びたい」と思う気持ちに寄り添ったように装ったこともあった。
しかしさきほど、自ら飛んでみたいと思った。鳥の羽の動きを観察し、人間は飛行機を作った。私は、飛行機に乗りたいわけではない。空を飛んでみたいと思ったのだ。一瞬背中が軽くなった気がした。背もたれに委ねる背中がきりりと伸びた気がした。
雲は黒いのと白いのが何層にも重なり、青空を厚く覆っている。その隙間から覗く光は雲の影になった地にスポットライトを当てる。こんなに澄んだ朝、満たされた風景、ひとつの絵画にも、映像にも収めきれない光景の中、飛んでみたいと思った。


しかし、今私はどこにいるのだろう。この閉鎖された空間へと赴き、気づけばこんな小さな画面に向かって、理路整然と並べられる文字列を自ら作り出している。希望に満ち溢れた朝など、憂鬱な時間からの現実逃避に過ぎなかったのか。けれども私は飛んでみたいと思った。この身で、心から、初めての気持ちだった。飛べば、いいのかもしれない。飛んで、みようかな。

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