薬膳の話を聞いてくれた理系の若い人へ

 ここ数年、ありがたいことに、薬学生さんに向けて薬膳の話をする機会をいただいています。陰陽論と五行論の説明をメインに、薬局勤務になった時に少しは使える知識も入れつつお話しています。
 学生実習の一環なので、報告書をいただきそれにお返事を書くまでが仕事です。しかし、正直、本心のお返事をかけません。フラストレーションが溜まってきたので、ここに書いておきたいと思います。
 受講者のうち、1名でも見つけてくれたら嬉しいな。

 今回の講座では、陰陽論という、皆さんにとって新しい理論体系の存在を知っていただきました。科学の理論体系の中で生まれ、育ってきた私たち現代人にとっては謎の多い学問です。
 科学以外なのに今でもしっかり残っている理論体系は、もしかすると陰陽論くらいかもしれませんが、これは、二進法を発明したライプニッツが、易経という陰陽論に出会い、保護してくれたからかもしれません。(それほどの力が当時のライプニッツにあったかどうかは知りませんが)
 科学は、自然の仕組みを解明しつつ、その仕組みを人間が有効活用するために進化しています。そのためには、自分たちの持つ理論や仮説と自然が矛盾した時の態度がとても重要になります。それから、自分たちの理論と一見違うことを言っているかに見える人たちが現れた時の態度も重要です。
 現在、科学という理論体系はその生活への影響力の大きさからか、少し慢心しているかもしれません。科学で説明がつかないことは、事実と認めない。科学で証明できないなら嘘、インチキだ。というような態度をとる人が増えている気がします。
 しかし、そもそも科学というものは、「見えない世界を見えるようにしてきた」学問です。それは、見えない何かがこの自然の仕組みを形作り動かしているという前提を飲み込んできたからできたことです。
 水の中に微生物がいるのも、空気中にはさまざまな種類の気体があるのも、地球が丸いのも、星が途方もなく遠くにありそれぞれ距離が違い「空」に銀紙が貼り付いているのではない、ということも、見えなかったけど見えるようにしてくれた人がいたから、我々はそれが常識だと思っています。
 遺伝子が糸みたいなもので、そこで刻まれた文字情報にも似た化合物の羅列によって我々の体が作られるのも、ありえないとされた時代があって今がありますし、分子や原子、はたまた量子などという全ての存在に共通するほどに小さな粒や波で全てができているということも、今でこそノーベル賞の対象になったりしていますが、考え出された頃はありえないことだったでしょう。

 自然をよく観察し湧いてきた疑問には、必ず答えがあるはずで、その答えが「今の科学で解き明かせない」としても、それは今の科学がまだそこまで到達していないだけかもしれません。科学は常に進化する学問です。そのためには湧いてきた疑問の方を否定するのではなく、科学の方に更なる可能性を見出す態度が必要ではないでしょうか。
 私は残念ながら、科学の世界では何も功績をあげられていませんし、あげられる環境に一度は足を踏み入れたにも関わらず自ら去った人間です。
 だから、せっかくあなたが科学の世界に入ったのであれば、「今の科学が万能でそれに当てはまらないことは全部嘘っぱちだ」という態度にはならないで欲しいなと思うのです。

 科学の可能性を広げるためには、科学以外のことを知るのも大切です。ピタゴラスやアリストテレスもダヴィンチもライプニッツもシュレディンガーも、芸術や哲学などとともに思考し科学を深化させた人たちです。日本にも平賀源内や岡潔さんがいます。芸術や哲学もまた、自然を観察し表現したものだから、どこかに共通項が必ずあって、天才たちの発想のヒントになるのでしょう。(学校で習う芸術や哲学は科学の脈から生まれたと言ってもいい部分も大いにあるので、もっと離れたものを出すとすれば、仏教などがそれにあたるかもしれません)

 誰かのとなえる説を、自分の視点から自分の知っていることだけを使って否定する態度は、いつか自分の中に芽生えたアイデアを思い過ごしや夢物語として否定することにもつながります。もしかしたら将来ノーベル賞もののアイデアを、その時代のレベルの科学だけで否定するなんて、もったいないことです。
 知らないことを怪しいとか嘘だとか決めつけるのは簡単ですが、なぜそんな説が生まれたのか、その人の中でどのように論理が展開されているのか、そこに科学の話との接点はないのか、教科書の方が間違っている可能性はないのか、と考えてみる楽しさを味わってもらえたらいいなと思って、お話をさせてもらっています。
 私の通っていた学校の理科室の入り口には、「真理探究」と書かれた額がありました。今なら額の意味がわかります。真の理に行き着くためには、あらゆる可能性を検討する必要があると、学者さんたちは知っているはずです。100年前まではありえないとされていたことが、ちゃんと科学の力によって解明されてきていますから。
 この講座では、たまたま私が陰陽論を生業にしているので陰陽論の話をしていますが、科学と別の軸としてみなさんが持つべき軸は、また更に別にあるかもしれません。そのようにとらえ世界を広く見渡すきっかけに、この講座が一役かうことができれば幸いです。

というのが、本心なんですが、とかく医療という形で科学を利用していると、どうしても今の科学で解けないものは嘘となりがちです。そうでないと、目の前の患者さんを藁に縋らせる可能性が出てくるから仕方ありません。嘘、ではなく、いまはそれじゃない、くらいにしておいてくれるといいのですけどね。 
そういうわけで、お返事には書きづらい。しかも、国家試験とりあえず受かってもらわないといけないですから、忙しいカリキュラムの合間に、哲学や芸術なんていうめんどくさいものに興味を持たれては困る、という意見も出てきそうですし。
この場を借りて。理系の学生さんに聞いて欲しい理由がこれでした。他にも、子育てをする人に聞いて欲しい理由、ビジネスマンに聞いて欲しい理由、などそれぞれにありますが、また。

視点を増やして、自然の仕組みにワクワクできる人が増えますように。

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