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肥満症診療ガイドライン2022(の一部)をお勉強します

ガイドラインはこちら


はじめに:

私は肥満症診療ガイドライン2022に「運動療法は減量(体重減少)にはあまり効果的ではない」という記載が高位のグレードで提示されていることを、恥ずかしながらこの度初めて知り、興味を持って調べてみました。

なぜ興味をもったのかというと、私がよく診療している肥満症を伴う糖尿病患者さんの中で、食事療法と運動療法の両方を行うことができない方の多くが、長期的な減量に失敗しているからです。また、食事療法と運動療法を継続できている方の多くは、長期的な減量に成功しています。

ガイドラインが本当に伝えたいのは「運動だけでは痩せない。食事療法も行わないと痩せない」ということではないかと思っているのですが、そう記載せずに「運動療法は減量(体重減少)にはあまり効果的ではない」という表現を打ち出していることには、どのような根拠があるのかと不思議に思った次第です。

あくまでも科学的な事実を知りたいということと、リアルワールドで活用できることがないかという2点が私の興味です。構成上、なんらかの批判をする文章がでてきます。万が一、私の表現によって気分を害される方がいらっしゃっても、私に誰かを傷つけたいと思う意思が一切ないことをご理解いただけましたら幸いです。

第5章:肥満症の治療と管理

第5章の第3項に

運動療法は減量(体重減少)にはあまり効果的ではない。Grade A Level Ⅰ

肥満症診療ガイドライン2022

とあります。

これについての解説は p.60の「米国スポーツ医学会の2009年の声明では、中強度の運動を150~250分/週実施することが体重増加の予防には有効であるが、体重減少にはあまり効果的でないことが記されている(56)」から同ページの「これらの見解・報告は肥満症の患者に対してはかなりハードルが高いものと思われる。したがって、最終的な目標値と位置づけた方が賢明であろう。」までの部分だと解釈しています。

また同範囲内には

実際に、肥満者男女を対象にした研究では、減量には300分/週の運動が必要であったことが報告されている(58)

肥満症診療ガイドライン2022

とあります。

気になる点1

たしかに原文(56)では、

Moderate-intensity PA between 150 and 250 min/wk will provide only modest weight loss.

Donnelly JE, Blair SN, Jakicic JM, Manore MM, Rankin JW, Smith BK; American College of Sports Medicine. American College of Sports Medicine Position Stand. Appropriate physical activity intervention strategies for weight loss and prevention of weight regain for adults. Med Sci Sports Exerc. 2009 Feb;41(2):459-71. doi: 10.1249/MSS.0b013e3181949333. Erratum in: Med Sci Sports Exerc. 2009 Jul;41(7):1532. PMID: 19127177.

とあります。しかしこの文は「中等度の運動は、少しだけの体重減少効果をもたらす」ということを意味しており、これをもって「運動療法は減量にはあまり効果的ではない」とは言いづらいのではないかと思います。また同声明のテーブル1 (Evidence statement)では
エビデンスカテゴリーBとして、

PA for weight loss. PA <150min/wk promotes minimal weight loss, PA > 150min/wk results in modest weight loss of ~2-3kg. PA > 225-420 min/wk results in 5- to 7.5-kg weight loss, and a dose response exists.

Donnelly JE, Blair SN, Jakicic JM, Manore MM, Rankin JW, Smith BK; American College of Sports Medicine. American College of Sports Medicine Position Stand. Appropriate physical activity intervention strategies for weight loss and prevention of weight regain for adults. Med Sci Sports Exerc. 2009 Feb;41(2):459-71. doi: 10.1249/MSS.0b013e3181949333. Erratum in: Med Sci Sports Exerc. 2009 Jul;41(7):1532. PMID: 19127177.

とあって、この内容はガイドライン本文にも記載されています。つまり、1週間に150分以上の運動療法が体重減少に効果的であることは、ガイドラインも認めていると考えてもよいでしょう。

気になる点2

論文(58)を参照しました。これは12週間の運動療法について評価した論文でした。この論文の目的を、誤解を恐れずに簡略化して説明しますと、

  • この研究の背景:運動でエネルギーを消失すると、人体内ではそのエネルギー消失に対する代償反応が生じる。この代償反応のせいで運動による減量効果が得られにくい場合がある

  • この研究で検証したこと:沢山運動した群(週6回)は、少しだけ運動した群(週2回)よりも、代償反応が大きい(つまり運動によるエネルギー消失が少ない)

のかどうかということを検討したものでした。

何が言いたいかといいますと、そもそもこの研究は運動による減量の効果そのものを評価したものではないので、この論文のデータをもって、リアルワールドでの運動療法による減量の効果を論じることはあまり適切ではないと考えます。臨床上、肥満の改善を目的として運動療法を指導するときは、食事について必ず触れますよね?運動だけを行わせるのであれば、それは「運動療法」ではなくただの「身体活動」です。ごめんなさい、少し脱線しました。

次に内容を見ていくと、週6回運動群が15名、週2回運動群が17名、無運動群が12名であり、少しサンプルサイズが小さいように感じます。

確かに、この論文の結果を表すテーブル2には

Note: control group (N = 12) increased % weight change (+0.78 ± 1.19) and kg body weight (+0.40 ± 0.99) which was not different from exercise groups. The control group increased % fat change (+4.20 ± 2.82) and kg fat change (+0.98 ± 0.79) both different from 2- and 6-d groups (P < 0.05).

Flack KD, Hays HM, Moreland J, Long DE. Exercise for Weight Loss: Further Evaluating Energy Compensation with Exercise. Med Sci Sports Exerc. 2020 Nov;52(11):2466-2475. doi: 10.1249/MSS.0000000000002376. PMID: 33064415; PMCID: PMC7556238.

とありどちらの運動群も、無運動群と比較して統計的に有意な体重減少は認めなかったとあります。これを読んだかたは「12週間も週6で運動したのに痩せなかったの?」と思うかもしれません。

ただし、これには理由があって、この研究では食習慣を変えないようにと指導されています。強調しますが「食習慣について触れない」のではなくて、「食習慣を変えないように」と指導されています。

All participants were instructed not to purposely change dietary habits during the intervention.

Flack KD, Hays HM, Moreland J, Long DE. Exercise for Weight Loss: Further Evaluating Energy Compensation with Exercise. Med Sci Sports Exerc. 2020 Nov;52(11):2466-2475. doi: 10.1249/MSS.0000000000002376. PMID: 33064415; PMCID: PMC7556238.

その理由は、この研究が代償反応について検討するためのものだからであって(食事を変えてしまっては目的とするデータがとれません)、その事自体に全く問題はありません。しかし、この研究結果を引き合いに出して「運動療法ではあまり体重減少しない」と断定することは、私は間違っていると思います。

気になる点3

p.60には以下の表記があります。

これらの見解・報告は肥満症の患者に対してはかなりハードルが高いものと思われる。したがって、最終的な目標値と位置づけた方が賢明であろう。

肥満症診療ガイドライン2022

私の解釈では、ガイドラインは「週5回・合計150~420分程度の、4METs前後の運動」を「肥満症の患者にとってはハードルが高い」と言っているものだと理解しています(少し自信がありません。間違っていたらコメントください)。

これは肥満症の患者は「どうせそんなに運動はできないだろう」というスティグマを与えるものだと思います。人間は多様であり、それを一律に「ハードルが高いものと思われる」という主観で断じることは、私は間違っていると思います。

100歩譲って「このような運動運動療法を達成できる肥満症患者は少ない」という根拠があるのであれば、すくなくともガイドラインとして発表するからには、そのデータを提示すべきではないでしょうか。

気になる点4

最後は少し概念的な話です。半分屁理屈なので、違和感のある方は飛ばしてください。

運動療法は減量(体重減少)にはあまり効果的ではない」

肥満症診療ガイドライン2022

前後の文脈なしで「効果がある」・「効果がない」という言葉を解釈する場合、人によって一定の振れ幅が存在します。

何が言いたいかというと、どのくらいの期間で効果のあるなしを判断するのか、ということです。確かに、数週~数か月では運動療法による体重減少効果は少ないかもしれません。しかし、3年・5年・10年というスパンではどうでしょうか。ガイドラインで述べられているのは、あくまでも短期間での運動療法の効果について、でしかないと思います。
また、

運動療法は減量体重の維持に有用である GradeA LevelⅡ

肥満症診療ガイドライン2022

という記載もあります。減量体重を経年的に維持することは、長い目で見て減量とは言えないのでしょうか?もうここまでくると減量ということばの解釈は社会通念上どうなっているか、みたいな話になってきました。自分でもよくわからなくなってきました。

まとめ

上記のことから、私は「運動療法は減量(体重減少)にはあまり効果的ではない」という文言は適切ではないと考えます。

科学的な正しさ、学会のガイドラインが世間に与える影響などを考えると、例えば

「食事療法を伴わない運動は、体重減少を生じにくい」

というような表現にすべきではないかと思います。

読んでいただきありがとうございました。(文責:どわ)

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