いちばん好きな花 感想

いちばん好きな花のドラマを見ました。ドラマを最後まで追えたことが久しぶりでした。
そもそも家にテレビがないので、ドラマを見る習慣がありません。

近所がドラマに出てくること、去年出会った流浪の月の映画に多部未華子さんが出ていて、好きな女優さんになったので、気になって見始めました。塾の子役の女の子も共通して流浪の月に出ていたので、すごく嬉しかったです。

最終話を今日見ました。

話はちょっとそれますが、私は最終話にある、これでドラマが終わってしまうんだという切ない終わりを感じることが苦手なので、なかなかドラマやアニメの最終話を見ることも避けてしまいます。

おしまい、が苦手なのです。このフィクションの中では作中に出てきたキャラクターはその世界観の中で生き続けるとしても、現実にその先を一緒に見ることができないことを実感させられることが寂しくて、苦手です。

転校する人を見送るときや、仕事で職場を異動する人を送別するように、置いていかれたような、残るのは取り残されて、今自分の目の前にある現実が一気に押し寄せてくるように感じます。

番組のXに、藤井風がラストにピアノを弾くとのことで、写真が上がっていたのを朝に見て、素直に早くみたい!と思いました。
楽しみなドラマがあることは、生活におけるご褒美になります。
ハリを持たせてくれる存在です。メリハリの、ハリです。
毎日続くと、それは惰性になってしまうので、始まりと終わりを自覚することで、より楽しむことができます。

最後に切なさや、おしまいな感覚が強く感じるのは、アニメや漫画やドラマに共通する、時間をかけて制作に携わる人と共走しながら作られていくものを見る、という“共有“があるから生まれるのだと感じています。

その悲しみに近い感覚を癒してくれたラストでした。ワクワクしながら見ることができたのは、現実で活躍しているアーティストがフィクションのドラマに出てくることで、橋渡しになってくれたと思います。

ドラマそのものは、どっちでもいいよね、どっちが好きでもいいよね、という理想を落とし込むドラマだったと思います。

もちろん、理想通りにいくことは他の人が関係して世界が作られていくので、難しい場面の方が多いです。
片方を正解にすると、もう片方は間違いになってしまいます。見方が変われば受け止められ方も変わるよね、そういうあり方でいこうよ、が優しく描かれていると解釈しました。
自分を変えずに生きることはある意味では楽ですが、ある意味では固定されたしがらみや、嫌だと感じていることから抜け出すことを放置して生きることになります。小さいステップから、動いていたり、変化に気づいたりすることで向き合うことも大切なことだな、と思いました。

好きな人がたくさん出てくるドラマで見ていてしあわせでした。



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