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小説 開運三浪生活 30/88「退学志願者」

入学式を終えた足で文生と貫介は学食に向かい、昼食をともにした。聞けば、貫介も不本意での入学らしい。

「ほんとは大学に来る気なんて、これっぽっちもなかったっけよ」

一学年二クラスの小さな普通科高校に通っていた貫介は、卒業したらほかの同級生たちと同じように専門学校に進むか就職するつもりだった。ところが三年生の時に県大が開学して、風向きが変わったと言う。

「高校ん時に生徒会長やってて。そしたら先生が、おまえ学校代表して県大の推薦受けてみろって」

高校にとっては実績づくりの意味合いもあったろう。どうせ受からないだろうと軽い気持ちで受験したところ貫介は合格してしまい、周囲の勧めもあってしぶしぶ進学することにしたらしい。

不本意ながらの入学。この強力な共通点のおかげで、二人は初日から馬が合った。

「ちょっとちょっと」

入学式から数日が経ったある日の講義終わり、席を立った文生たちを陽気な女子学生が呼び止めた。文生も貫介も、同じ高校の出身者など学内にはいない。サークルの勧誘か?

「田崎貫介君、だよね? 憶えてる?」

なんだ、俺じゃなかったか。文生は内心がっかりした。話しかけられた当の本人の顔を横目で伺うと、表情筋を硬直させ、眼鏡の奥の鋭い目をいぶかしげに光らせている。貫介の静かな警戒など気にせず、女子学生は快活に続けた。

「ほら! わたしわたし、北中で一緒だった」

一瞬、貫介の細い目がパッと開いた。

「……もしかして、及川さん?」
「やっぱり! びっくりしたっけよ!」

別々の高校に進学した二人が、三年ぶりに大学で再会した瞬間だった。同じような場面に、文生はこのあと何度か遭遇することになる。この年入学した公共政策学部の学生百名のうち、実に八割が岩手の出身者であることは、入学してしばらしくしてから知った。

――大学って、こういうとこか?

バラバラの地方の出身者が集い、いろいろな方言が飛び交う――それが、文生がずっと思い描いていたキャンパスライフだった。ところが県大は違った。県が創った大学に県内出身者が多いのは当たり前なのだが、文生にとっては不満だった。これでは世間が狭すぎではないか。

「いやいやいや。びっくりした」

くだんの女子学生と別れたあと、口では驚きを表明した貫介だったが、表情は冷静だった。文生は訊いてみた。

「同じ大学に知ってる人いるって、どんな感じ? 実はちょっと嬉しかったっぱい?」
「うーん。正直、会いたくなかったな」

それ以上、貫介は語らなかった。文生も敢えて掘り下げようとはしなかった。「それより」と貫介は続けた。
「あと四年も勉強しなきゃなんないのがつらいわ。今日の講義も何の話してんのかさっぱりだったし。……あー。大学なんてさっさとやめてやる!」

貫介は笑いながら吐き捨てた。

その日から、「やめてやる」が二人の合言葉になった。

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