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初めて酒を飲んでみたら、大したこと無かったって話

 おれは二十歳の誕生日を心待ちにしていた。酒が飲めるからだ。

 おれの周りには未成年なのにガッツリ酒飲んでる(と言うか酒の)写真をSNSに挙げてるやつが沢山いて、最近友達(みんな19歳)と会ってそのことを話題にした時「未成年飲酒アピールしてる奴は頭おかしい」みたいな話してたけど「まあそうは言いつつ、みんな飲んでるよな」と誰かが言って、それに友達みんなマジ顔で同意し始めたのでおれはただヘラヘラ笑っているしか無かった。
 二十歳になって初めて飲む酒の味というものに、特別な感情を持っていたのはおれだけらしいと分かってショックを受けた。それは例えばおれの知らないうちにクラスで流行ってるゲームの話をしているのを聞いて何を言ってるのか全然分からなかった時とか、友達のスマホが目に入ってしまって、クラスLINEの男子グループなるものがあることを知った時とかの感情に似ていた。周りの話についていけない時ほど怖いことはないし、知らないうちに仲間外れにされていた事を知った時ほど辛いものは無い。

 ところで、かく言うおれも二十歳になる前にお酒の味を全く知らなかったわけでは無い。もっともノンアルコールを酒とするかどうかは意見が別れるところだけれども。まだランドセルを背負って歩いていた頃、母親に花火大会に連れて行って貰って、花火を見ながら母親が飲んでいたノンアルコールビール(おれの記憶が間違ってなければ、キリンフリーなのでマジで0%)を一口だけ貰ったことがある。苦くて、オマケに後味は辛くて、ガキ舌のおれはこんなものを美味そうに飲む大人の気が知れない、と思ったものだった。
 一方でこれの何が美味いのかおれには全く分からないけれど、もしかすると大人になったら分かるようになるのかな、と淡い期待を抱いてもいたのだ。
 そんな訳でおれは酒を飲みたかった。二十歳になって初めて飲む酒に対する期待を今日まで温めてきたから、それは特別な時間にならなければならない。同時にこれはある意味では挑戦だった。酒の美味さが分かるイコール大人、みたいな数式がおれの中にあって、それをおれ自身で身をもって証明しなければならないのだ。

 かくしておれは満を持して二十歳になり、「二十歳になって初めて飲む酒の味」を味わうことになった訳だが、

端的に言って、微妙だった。この日のために親が高いビールを買ってきてくれたのに、一口飲んで「なんだこれ」となって、二口飲んで「これは無理だ」と確信して残りを親父に渡してしまった。俺の飲みかけのビールをグイグイ飲む親父を見ながら「あ、これ俺が大学でコロナ貰ってきてたら終わってたな」と思ったけれど、冷静に考えたら同じ屋根の下で暮らして同じ食卓を囲んでいる時点でコロナ貰ってきてたらアウトだからセーフ。

 もしかすると、ガキの頃に飲んだノンアルコールビールの味がトラウマになっていて、そのせいで気づかないうちにビールそのものに対する苦手意識みたいな物がおれの中に根付いてしまったのかもしれない。とにかく大人になったら酒の美味さが分かるのかもしれない、というガキンチョの甘い幻想はまんまと打ち砕かれてしまった。

 それでもおれはまだ諦めていなかった。ビールがダメならウイスキーを飲めば良いじゃない。グラスに氷を入れ、5分の1ぐらいの高さまでウイスキーを入れた後、炭酸水をなみなみ注いで激薄ハイボールを作って飲んだ。
 実はおれはハイボールに憧れていたので、そのおかげもあってか少なくともビールよりは美味しくいただくことが出来た。しかし、やっぱり期待していたほど美味しいとは思えなかった。
 その後コップ一杯分のオレンジの酎ハイを飲んだ。これはゴクゴク飲めたが、残念ながらみかんの味しかしなかったので、酎ハイ飲めたら酒の美味さが分かることにはならない。

 酒を全部飲んでしまうと、なんだか酷く惨めな気分になった。親を含めてみんな美味い美味い言って飲んでいたものの美味さが、周りの連中が法律を犯してまで欲しがっていたものの美味さが、おれには分からないのだ。嫌な気分を忘れさせてくれるはずの酒を飲んで、どうして惨めな気分にならなければならないんだろう?

 どうせなら下戸が良かった、とさえ思った。下戸ならば酒を飲むこと自体拒否出来るし、体質的な問題だから仕方がない。いちいちこんな惨めな気分を味わう必要もないのだ。ところがおれはビールを二口飲んで、激薄ウイスキーを飲んで、挙句の果てには酒の味こそしないけどしっかりアルコールの入った酎ハイを一杯飲んでも、身体のどこにも不調を来さなかった。これでは就職した後、酒の席をどうやって乗り越えればいいのか全く分からない。

上司「ヤ糖くん一杯行こうよ!」
おれ「ごめんなさい、お酒無理なんです」
上司「なんだよ、下戸なの?」
おれ「味が好きじゃないんです」
上司「……ガキンチョw」

 そしておれは上司に「おれが酒の美味さを教えてやるよ」とか言われて無理矢理居酒屋に連行され、ウーロン茶を頼もうものなら既にへべれけに酔っ払った上司にグーで殴られ「上司がビール頼んでんのに、なんでヘラヘラ笑いながらウーロン茶頼んでんだよ!!」とルフィみたいなことを言われ(言ってない)、酎ハイを飲もうものなら「チューハイって……酒じゃなくね?」とチェンソーマンの姫野みたいなことを言われ(人気投票漫画で言ってる)、飲みたくもないビール日本酒を延々飲まされ、上司の上司の愚痴を延々聞かされ、挙句の果てに逆ギレされて翌日から社内で冷遇されるか、最悪アル中になって、死ぬ。

 酒の美味さが分かるイコール大人、証明できず。反例はおれ。おれの味覚はガキの頃から成長していないのである。ていうか結局ガキ舌の頃に1回飲んでしまったせいで、おれの中で酒イコール不味いの等式が出来上がってる可能性がある。ていうかそう考えるマジでそうとしか思えない。どうもあの時の一口のノンアルがなければ、今日飲んだビールもウイスキーももっと楽しめたんではないだろうか。ガキのうちに酒飲むと味覚の健全な成長の妨げになってだめだね。やっぱり未成年飲酒はノンアルであってももっと厳しく取り締まるべきだよ。知らんけど。

おれ「ずっと追いかけて来たものをやっと掴んだんです、でもいざ掴んでみるとそんなものはおれが思っていたほど大したことなくて、もしかしたらこれからおれが違うもの追っかけて掴んだ時も、追っかけてた時の方が幸せだったって思うのかもしれないって、そんなのクソじゃあないっすか。」

上司「ヤ糖くんはなんの話をしているの?」

おれ「初めて酒を飲んでみたら大したこと無かったって話です……。」


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