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バビロンのデイライト(第1章の2)

ぜひ、御社の「ドライムスコンバータ」を紹介したい先があるのだが、営業スタッフを寄越してくれないか?という依頼を受けて、彼は会社から派遣されてきたのだった。会社が言うには、その話は確かな筋からの情報だということだった。だから彼はまず、その情報提供者となる人間と待ち合わせをしていたというわけだ。狛江、というのがその情報提供者の名前なのであった。

彼は、あたりを見回し、待ち合わせ場所に指定されたホルモン焼肉の店を探した。指定されたのは「生命保険」というおかしな名前の焼肉店で、この広場でも肉の新鮮さで有名な店だった。彼は人混みをかき分け、店名の書かれた提灯がぶら下がっているテントを発見した。
 そのテントは大人が四人も入ればいっぱいになってしまうほどの狭さだったが、現時刻は午前十一時で、この時間ではほとんど客がおらず、テントの中をのぞくと、中にいたのは一人、事前に聞いていた狛江氏らしき人物だった。
 狛江さん?ですか?
 はい。いかにも私が狛江です。あなたは町田さんですね(そうそう「彼」の名前は町田というそうです)。

 狛江氏は、四十代にさしかかろうという男性で、背が低く、小太りで、目つきはするどく猫のような顔をしていた。ホルモン焼肉店「生命保険」で焼肉を食べていたのは彼一人であった。彼は網に肉をのせて、片手にはビールの入ったジョッキを持っていた。「生命保険」の排煙装置は貧弱で、肉を焼く煙と生肉の生臭い臭いが入り混じって店内に充満していた。狛江氏はそんなことは全く意に介さないようで、もくもくと肉を焼き、ビールを飲んでいた。狛江氏はスーツを着て、ビジネス鞄を足元に置いていたが、堅気の雰囲気は、一切しないのであった。
 
 さっそく、商談しちゃいましょうか。

 二人は煙の充満する狭いテントの中で名刺交換をすると、さっそくビールの追加を注文して飲み始めた。
 狛江氏の職業はビジネスコンサルタント。コンサルタントと言えば聞こえはいいが、実態としては、おいしい話を見つけ、紹介することで利ざやを稼ぐというのが、大体の仕事である。必要なのは、顔の広さとある種の図々しさ、そして金のニオイをかぎとる嗅覚である。どの時代の、どの場所にもいる、昔からの伝統的な仕事ではある。

 あのですね。紹介したいのは、新宿の商工会議所なんですよ。
 狛江氏が言う。

 ここいらも見ての通り、マフィアが入ってだいぶ物騒になってきましてね。地下経済が旺盛になりましたので、見えないところでは潤っているんですが、なにぶん商工会議所の取り分が減ってきていましてね。あの人たちはピリピリしているわけです。そこへきて、人気の新型ドライムスを裏取引で仕入れる輩が増えてきて、商工会議所に加入している連中の大儲けチャンスが潰されようとしているわけです。そこで、ソニーやゾイドよりも安いおたくの商品を商工会議所が仕入れて、どんどんと卸してしまおうと考えているみたいですよ。
 狛江氏はビールを飲んだ。

 (まったく、おじさんたちの考えることはまったく不合理極まりないわけですが)

 ここらへんの人はまだドライムスをまだ買い換えてないんで、旧式を使ってるんです。でもそろそろ、ソニーあたりがここいらにもやってくると思います。知ってますか。昨日ですが、板橋区がドライムスの交換に補助金を出すことを決めたそうです。板橋区はソニー式を採用したそうです。区長がほら、もとソニーの人だから・・・。ドライムスはもうすぐあらかた新式になりますよ。今が「ドライムスコンバータ」の売りどきだと思うわけです。ペガサスさんにとっても、商工会議所さんにとっても。そこで、今日のタイミングでお越しいただいたわけでして。

 狛江氏の親切に対し、彼(ペガサス電機の町田氏)は御礼をのべた。

(つづく)

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