見出し画像

坂の上のビートルズ

私は剣道が嫌いである。ものすごく。

唐突にわけのわからない導入で申し訳ないが、私は小学生から中学生まで剣道をやっていた。

小学生の頃はまだどうにかがんばって道場まで行っていたが、中学生になると徐々に行くのが嫌になって、週3日ほどある稽古も大体週1日ぐらいは休み始めていた。

しかし、両親に黙って休んでいたため、私は稽古が終わる夜7時ごろまで、どこかで暇を潰さなければならなかった。もしもサボっているのがバレたらどやされますからな〜〜〜。

剣道着を一式つめたリュック、そしてウォークマンを持って、その日の私も自転車でどこに行くでもなく、フラフラと稽古が終わるまでの時間を潰す旅に出た。っていうか普通にサボりだ。何やってんだ。

いつの日だったか忘れたが、家の近くにそれなりに長い坂があり、頂上には10台ほどを停められる駐車場があるのを知った。

坂の上の駐車場は人っけがまるでなく、フェンス越しにおよそ15メートル以上はあるだろう高さから県道を拝むことができた。

剣道をサボって県道を拝むとは、これまた上手いことを言ったものである。座布団があったら山田くんが運んできてくれるだろう。

こりゃいいと思った私は、自転車で坂をのぼり、坂の上の駐車場で夜7時ごろまで音楽を聴きながら時間を潰していた。

ウォークマンに入っていたちょい古いJ-POPを聴いていたけれど、たまには違う音楽が聴きたいなと思い、フォルダを漁っていると「The Beatles」という文字を発見する。

ビートルズ。ああ、ビートルズ。

名前だけは知ってるし、父さんが昔聞かせてくれてた気がするな…ぐらいの感覚だった。

父が借りてきたCDを私も一緒にウォークマンに取り込んだまま、ずっと聴かずじまいだったのを忘れていた。

せっかくだしこれを聴いてみよう…私はビートルズのLet it Beを再生した。

坂の上の駐車場から見下ろす、道路を行き交う車たち。そのヘッドライトやテールライトを見ながら聴くLet it Beは、中学生ながらになんだかもの寂しい気持ちを私に抱かせた。

英語だから何を言ってるかはわからないけど、こんなに素敵なメロディーなのだから、きっと何か良いことを言ってるに違いない。

そんなことを考えていたら、なんだか目の前がしょっぱい水で滲んできていた。雨が降っていたわけではないのに何故だろうか。

そのあとはイエスタデイを聴いて、ハローグッドバイを聴いて、またレットイットビーを聴いてイトーヨーカ堂でたまにインスト版が流れる「ヘルプ!」を聴いて…気づいたらもうすぐ夜7時になろうかという頃だった。

坂の上の駐車場はもう辺りもぼやけるほどに暗くなって、そろそろ家路についても良さそうな頃合いだ。

自転車に跨って、着てもいない剣道着が入ったリュックを前かごに詰めて家に出発する。
頭の中ではまだイエスタデイが鳴っていた。その日から、私はビートルズが好きになった。

今でもビートルズを聴くと、坂の上の駐車場でウォークマン片手に剣道が終わるまでの時間を潰していたあの頃を思い出す。

おーわりっ!オチなし★

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?