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Q.薬物が止まらないのは意志が弱いからですか?→A.いいえ。脳の病気です。

飲酒状態で事件を起こす、違法薬物を使用する、といったニュース。年に何度かは報道されて、「どうしてなんだろう」と不思議に思う方もいるのではないでしょうか。中には

やってはいけないことをするのだから、だらしない人だ。
こんなに周囲の人に迷惑をかけるなんて。

と憤りを感じる人もいるかもしれません。

身近な家族にそんな人がいればなおのことでしょう。

では、どうしてアルコールや薬物が止まらなくなってしまったのでしょうか。意思の弱い人だからでしょうか。

様々な要因がありますが、ひとつには、薬物によって、自分という存在をわすれさせてくれるような強烈な癒しをもたらされた体験がある、ということが、依存症の前段階で考えられます。以下はその一例です。

家族が不安定だった。別に普通のことだと思っていたけど、よその家は家族に殴られることってないらしい。そうか、家族が仲のいい家もあるんだ…。友達に話したら、「テレビドラマみたいな家だね」って同情交じりにいわれた。中学生になる頃には家にいるのが嫌になって、夜遊びで行った友達の家で、覚せい剤を勧められた。雰囲気的に断れなくて。でもなんだか、普段感じない高揚感は、度々思い出すようになってしまった。いつも、なんだかつまんないんな、って思っちゃう。

覚せい剤のような、アッパードラッグの依存症のご本人には、平穏な日常がつまらないと感じる、生活体験がある場合が、多くあるように思われます。その一つに、暴力被害体験があるでしょう。調査研究では、暴力は、依存症全般の増悪要因とわかってきています。自分を消したくなるような現実、自分への暴力衝動を、アッパードラッグは満たしてくれると考えられます。それが、ご本人にとっては、何もかも忘れられる楽しい時間なのです。

ほかにも、一般的には体験しないようなこと、例えばスポーツ選手や芸能人としての成功体験をもつと、普通では考えられないほど過酷な日々だけど、一方で、普通では体験できないような刺激に満ちてもいる、と想像されます。引退してしまうと、平穏な日常はつまらないものに感じるかもしれません。

この「つまらない」という感覚は、強い傷つきを癒してくれた、薬物やアルコールへの渇望だと考えられます。

また、アルコールのようなダウナードラッグのユーザーには、仕事熱心だけど、対人緊張が高いので、それを癒すためにアルコールを使用する、といった典型例が考えられます。こういった緊張を癒すために使う時、アルコールは飲み物ではなく、れっきとした、気分を変える薬物です。

ここにあげたのはほんの一例です。増悪要因にはほかにも、近親者の依存症者の存在(体質のような負因)、知的バランスが職務とあっていないなど、ほかの要因もたくさんあります。

こういった増悪要因を持たない人にとっては、覚せい剤は強制的に気分が変わる、しんどい薬です。アルコールも薬物ではなくて、飲み物でしょう。ですから、やったとしても、やりすぎません。つまり、耐性上昇する(酒でいえば強くなる)ほど、使いません。

ところが、増悪要因を持つ人にとっては、この救いはほかのものでは代えられない、かけがえのないものなのです。ですから、ちょうどいいところで、終えることができずに、繰り返し大量に使用することになり、耐性上昇を招き、身体的な依存症に至ります。物質を摂取している方が普通になってしまい、止まらなくなるのです。警察に捕まってしまったり、借金が膨れ上がったりしてしまったりするのです。

身体的な依存症は脳の病気です。意思は関係ありません。本人がやりたい、飲みたいと思っているとき、実はあの快感物質を摂取しろ、という強力な脳の命令が下っているのです。人間は、脳の命令に、逆らえません。

ここでお気づきの方もいるかもしれませんが、ご本人のバックグラウンドによって、最初に手に取る依存物質は異なります。衝動性が高いのか、対人緊張が高いのか、問題を回避したいのか。その症状を自己治療するために、依存症のご本人は、薬物を手にすると考えられるのです。

もちろん、ここで、違法な行為を推奨するものではありません。しかし、単純に罰するだけでは、他の原稿で述べている通り、依存症の病理から考えると、再犯リスクを上昇させてしまうだけです。適切なアセスメントと治療的処遇を受けることが、ご本人にも社会的にもメリットが大きいと考えられます。

(矢田の丘相談室 田中 剛)


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