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往復小説

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嘗ての往復書簡をコンセプトにMASATO氏と始めた往復小説。2019/8/22:天外黙彊氏も加わり、小説によるコミュニケーションを公開しております。ココでは私のパートを公開。一話… もっと読む
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#往復小説

short‐short:普通の形

 手を伸ばしている若い男性が視線に入った。  スーパーのペットボトル・コーナー。  視線はその二段目。  見ると、セール中とある。  彼は悔しそうに顔を歪めた。  車椅子だ。  腰を浮かし、支える手が震えるほど再び伸ばす。  届くことは無さそうだ。  彼はぐったりと車椅子に身体を預けた。 「これですか?」  声をかけた。  セール品のお茶、五百CC。  彼は驚いたように目をパチクリさせる。 「あれ、こっちでしたか?」  隣のペットボトルに手を伸ばす。 「いえ!・・・お茶の方で

short‐short:景色

仕事柄の癖のようなもの。 誰にしろあるだろう。 真剣に取り組んであれば当然のことに思う。 僕は人間観察かもしれない。 この前、親父に怒鳴られた。 「人ばっかり見て、お前はどうなんだ!!」 つい言いすぎた。 見ていれば自ずと口も出る。 他人事は無責任に言える。 例え事実だろうと欠点を白日の下に晒されるのは誰しも嫌なものだ。 (食事の時ぐらい忘れよう) 食事は必ずといっていいほど人通りの多いところでとる。 いつの間にかそうなっていた。 調査対象の行動履歴が知らず頭にあるのかも

短編:白い眼

よく晴れた夏の日。 世界は力強さに溢れていた。 自然の英気を浴びながら、不意に最後の時を思う。 (死ぬには最高の日。) 先住民の言葉。 「こういう日を言うんだ」と感じた。 姉の所属する交響楽団のコンサートを聴きに親戚一同で訪れたこの地。 誤魔化し難い疲労感を抱えながも精神的には充足感に満たされる。 普段寝たきりの彼にはいい気分転換。 一時的とは言え、音楽は精神を切り替える。 姉は嘗ての教え子に囲まれ、この夏の陽気のような晴れやかな声や笑顔に溢れていた。 (俺は今日この

短編:いただきます

泣くとは思わなかった。 人が何を思って泣くか、わからないものだと彼は思った。 自分にとっては単なる無意識の行為、習慣に過ぎない。 とても泣くほどのこととは思えないが。 それでも堅い表情に鋭い眼光を宿した彼女は自ら想像だにしなかったほど泣いていたし、その様に彼は激しく胸を動かされる。 彼女は顔を真っ赤にし、何事かと自ら狼狽え、慌てて手で涙を拭う。 彼が癒やされたとも知らずに。 彼女とは言ってしまえば他人である。 仕事上の付き合いとも言えるが、もっとも付き合う前に