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マネジメントの意外な真意を理解しよう〜テイラーの科学的管理法〜

3月末になり、辞令を受けて異動を通知され、その内容が自分にとって不本意であったり、受け入れがたいものであったりするとき、
「まあでも、どんな仕事も受けるのが、会社員だからさ・・・」
という慰めの言葉を受けたことはありませんか?

こうした話が出る時、「会社は人をモノとして冷徹に見ていて、敢えて代替えできるように互いに違う仕事につかせている」といった捉え方や、「人をマネジメントするというのは、個人の個性や特徴を排除し、誰でも同じように扱えるようにすること」という考え方が、暗黙理の前提として刷り込まれます。

そんなとき、マネジメントや組織開発といったことに触れる機会があると、ついぞ名前が思い浮かぶ古典が「フレデリック・テイラーの科学的管理法」という書籍。
1910年代のアメリカで活躍したテイラーは、それまでバラバラだった肉体労働者の仕事ぶりを、このアプローチで一気に改善し、劇的に生産性を上げた・・・ということを、私もうっすらと昔から聞いていました。

一方で、冒頭のような話にふれるたびに「マネジメントというのは、テイラーのように、人をモノ扱いし、管理するという思想が根底にあるのかもなあ・・・」などと、思っていた次第です。

そう、この「フレデリック・テイラーの科学的管理法」という本は、ついぞこのタイトルを知っている人たちの間で、「人をモノ扱いする時代の典型例であり、そういう時代から脱却していきたいものだ・・・」という、何やら功績はあるかもしれないが、悪しき話として参照されることの方が多い一冊でした。

ところが、この本を改めて紐解いてみると、その内容は、驚愕すべきもの。

テイラー氏は、「企業と個人は、互いにその最善を尽くせば、お互いが最高に幸せになる」という、ゆるぎない理念を基に一生を費やした人物。
そして、本研究は、働き手である個人を「物質のように管理する」というニュアンスは、全く持ち合わせていないどころか、現代で読んでも、目からウロコが落ちるような、仔細な人間観察に基づいた、素晴らしい発見と示唆に満ち溢れた内容となっていました。

そこで本内容では、マネジメントという概念の初期の原型ともなっており、なおかつ上記のように、恥ずかしながら私も含めた多くの人が誤解しているテイラー氏の研究について、仔細にご紹介いたします。


現代に通じるテイラー氏の課題意識

1910年代の米国、ハーバード大学に合格しながら、視覚の問題を抱えていたために進学を断念、工場での見習い工からキャリアをスタートさせたテイラー氏は、企業と個人の不幸な関係に愕然とします。

企業は「個人の賃金を抑えて、最大限の作業をさせる」
個人は「働いた成果はすべて自分のものになって当然だ」

という風に考えているようにしか見えず、現場に新人が配属されると、先輩たちは「いいか、このくらいより多く成果を上げたらだめだぞ。それ以上頑張ると、企業側が成果に対して賃金の見返り割合を下げてくるし、俺たちの仕事がなくなっちまうかもしれないからな」という洗礼を受け、これに従わないと、こっぴどく周囲から迫害されるという有様でした。

同時に、上に立つ側の人間は「人は自由放任にすれば、自分の能力を最大限に発揮するはずだ」と思い込んでおり、実際には、何もメンバーたちに支援することなく、メンバーも自分たちの本来の持ち味を発揮するのには程遠い状態でした。

これに対し、テイラー氏は、
1:適切な人材を選別する
2:その人のやる気を高める
3:ベストプラクティスに基づいた仕事の方法を教える
4:上記に必要なあらゆる支援を上司(マネージャ)が行う
という4つの取組を行うことで、個々人の生産性を向上させることに活路を見出し、試行錯誤を繰り返しました。

徹底した人間観察の成果

テイラー氏のアプローチの中で驚愕すべきは、ひたすら工場の現場を中心とした試行錯誤の中で発揮された、徹底した人間観察による成果です。一人ひとりをしっかりと観察し、どの方法・扱い方が本当に良いものかを個別に見定める様子が、本研究中にも、しばし登場します。
例えば・・・

ー個人を大勢の集団としておおぐくりで扱うと、志や自主性が失われる
ー新しい仕事の仕方は、新旧を自分で両方試さないと、本人は納得しない
ー新しい方法にチャレンジしている期間、ずっと安定高報酬だと学習が速い

などの法則を見出しており、その内容の細かさには舌を巻かずにはいられません。
そして、それ以上にインパクトがあるのは、

ー働き手たちは、生産性を向上させ、収入が高まることで成長し、生活を充実させ、貯蓄を始める
ー一方で、急激な賃上げはたいてい働き手のためにならず、上記のような効果につながらないケースが多い

など、個人としての労働者の個人の変化について、仔細に観察を行っている点。

そして極めつけは、この研究中の随所に出てくる、以下の表現です。

「◯◯するには、マネージャー層の温かい支援が不可欠になる」
「マネージャー層がいつでも手助けや指導をしてくれる安心感が大切」

こうした、個人・メンバーとマネージャーとの間での温かい関係は、ここ数年の間に、脳神経科学の発達などにより「心理的安全地帯が確保されていることで、人のパフォーマンスが向上する」という点で急速に注目されている概念ですが、テイラーは100年以上の前に、すでにこの点を看破していたことになります。

テイラー氏の「科学的管理法」を紹介している記事などの多くは、上記のような人間観察にはあまり触れておらず、「スコップの大きさがどのくらいなのが一番効率が良いのか?」「作業と休憩のリズムをどのようにすると作業量が最大になるのか?」といった、主に作業面での内容の革新や発見にフォーカスしていることで、本研究について、「人間を機械のように扱う」というニュアンスが助長されてきたことに、気付かされます。

現代に適用するためにアップデートしなければならない点

ここまでご紹介してきたとおり、時代を超えて活用できそうな数多くの人間観察の成果に満ちたテイラー氏の研究ですが、一方で現代の状況に向けてアップデートする必要がありそうな点が、いくつかあります。
その中でも特に顕著なのが、「マネージャーに対する期待が大きすぎる」という点です。
テイラー氏は、1910年代の、あまり教育水準が高くない肉体労働現場のメンバーと、ある程度の高等教育を受けているマネージャー層という関係を踏まえて、以下の全てをマネージャーの果たすべき役割として提示しています。

1:人の選別を行う
2:やる気にさせるための方便を行う
3:正しい方法・ベストプラクティスを教える
4:あらゆる支援を行っていく

現代であれば、これは下記のようにアップデートされるかもしれません:

1:その仕事に適切なのかどうかを両者で判断する
2:やる気について、自分でもどうかを判断する
3:正しい方法・ベストプラクティスの収集・ノウハウ化には、個人も社内外で貢献しあっていく
4:マネージャー→メンバーではなく、双方向で支援を行い、企業の枠組みも時には超える必要がある

これらは、メンバー層まで含めた教育水準が高まっている、若いメンバーの方が年上のマネージャーよりも最新のテクノロジーを使いこなしている、SNSの普及で組織外の人とも飛躍的に情報交換と蓄積がしやすくなった、などの時代背景がセットになっています。

この著名な「テイラーの科学的管理法」、そのまま時代背景を抑えずに読んでしまうと、マネージャーという仕事に対して、大きすぎる要求を行うことにつながり、結果的にマネージャーつぶし、となってしまうのかもしれません。

見習うべきは、テイラーが導き出したマネジメントの方法の中身そのものよりも、その人間観察と試行錯誤を通じた、時代に合ったアプローチ方法の開発と、その背景にある、あくなき「企業と個人の両方の幸せ」を目指す姿勢にあるのではないでしょうか。

今日からできる「テイラーの観察方法」

では、具体的にテイラーがいつも活用していた、最適なアプローチを見つけ出すためのステップを、最後にご紹介します。

Step1:対象とする仕事に非常に長けた人物を数名選び出す
Step2:各人が仕事の中でどのようなタスクを行うか、どんなツールを使っているかを把握する
Step3:各人がタスクをこなす時間を計測し、最短の方法を選ぶ
Step4:適切でない部分、時間がかかりすぎる部分、役に立っていない部分をすべて止める
Step5:最もよい仕事の流れを再構成し、そこに必要なツールを用意する

実はこの方法、おそらく手慣れたコンサルタントがよく使うアプローチにも近いのだと思いますが、具体的には例えば、下記のようなイメージになります。
もしも「最高の飲食店について」観察し、学ぶとしたら・・・

Step1:食べログなどのサービスで、同じ価格帯・同じ地域の中で、評価スコアが突出しているお店を4−5件選ぶ
Step2:それぞれの店に出向き、どのようなサービスを提供されるか、お客として来店しつつ、その流れを記録する。同時に立地、建物、店内装飾、料理内容、接客・・・といった要素を把握する
Step3:スタッフがどの部分にどれだけ時間をかけているか、何に時間を多く費やしているか、などを記録していく
Step4:上記の中で、各店について、無駄そうな作業や手続き、内容などを洗い出す
Step5:以上をつなぎ合わせ、必要な機材などをリストアップし、対象店舗の改善に活かす

といった形で、応用できるのでは無いでしょうか?

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かくして、とかく「現代につながる冷徹なマネジメントの原点」のように、不当な評価を得てしまっているかもしれない「フレデリック・テイラーの科学的管理法」ですが、その芯にあるのは、

■働き手が企業と最もよい関係を築き、成長し、反映することを目指す熱意
■人のことを個別に観察し、その人としての性質と個性を尊重する姿勢
■非常に人間味あふれる、温かさを中心に添えるアプローチ

であることを、改めて強調したいと思います。

そんなフレデリック・テイラー氏の、優しくも温かい生き様は、本書の最後の、この一節に集約されているかもしれません。

===本文抜粋===
私の元には、科学的管理法を導入した企業の一覧を求める手紙が頻繁に送られてくる。しかし、相手が誰であるかにかかわらず・・・(以下、中略。テイラー氏は、こうした企業に迷惑がかかることを懸念する)

科学的管理法に強い関心を抱いた方々はみなさん、フィラデルフィアの近くを訪れた折にでも、わが家にまでぜひ足を延ばしていただきたい。私はそのような訪問を心から歓迎し、フィラデルフィアの何社もの企業が科学的管理法を実践した際の詳しい状況を喜んでご説明したい。

私は、科学的管理法の理念を広めるために多くの時間を費やしてきたから、このような訪問を受けるのは、わずらわしいどころか光栄なことと受け止めている。(フレデリック・テイラー)
===本文抜粋ここまで===

「マネジメントとは所詮、人の個性を考えず、モノとして扱うアプローチ」
「会社とは、経営者や企業側にとっての利益が最大化される仕組み」

もしもそんな寂しい気持ちになるときがあったら、ぜひ一度、本書に目を通してみてはいかがでしょうか?

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P&G→コンサル→ライフネット生命立上げ→現在は自分たちで創業したICJ社にて、ベンチャー投資・支援と大企業の新規事業コンサルを手がけています。MUFGフィンテックアクセラレーター、NRIアクセラレータなど、大企業と連携したベンチャーの事業加速が得意技。