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〈乙女ゲーム・サンプルシナリオ(ヒロイン目線)〉

○お洒落なBar・内(夜)

(どういうつもりで私を誘ったんだろう? 友達としてもっと話したかったから? それとも……)

友人の結婚式で久しぶりに再会した幼馴染の賢治と盛り上がり、二次会後に『もう少し飲もうぜ』と連れてこられたのがこのお店だった。

ヒロイン
「こんなオシャレなとこ知ってるなんて、賢治も大人になったね」

鳥居堂賢治
「人が多いと疲れんだよ。こんぐらい落ち着いているほうがいい」

ヒロイン
「昔から苦手だもんね」

鳥居堂賢治
「お前みたいに気心知れた奴と話しているほうが楽なんだよ、俺は」

懐かしむような笑みを浮かべ、賢治がグラスに入ったビールを美味しそうに飲む。

(昔は部活終わりに、こんな風にスポーツドリンク飲んでたっけ……)

賢治の横顔に当時の面影が重なり、胸の奥がキュッと締め付けられる。

(結局、打ち明けないままだったよね)

幼稚園からの付き合いで、友達みたいに距離が近かった賢治。

ただの友情が恋心に変わってしまったのは、いつからだったのだろう。

(誰よりもバスケの練習を頑張っていた姿を見たとき……? それとも、高2のバレンタインに、下駄箱にチョコがぎゅぎゅうづめで……)

鳥居堂賢治
「……おい、俺の質問スルーかよ」

ヒロイン
「え? ごめん、ちょっと考えごとしてた……えっと、なんだっけ?」

鳥居堂賢治
「だから、今付き合ってるやつはいんのか?って」

ヒロイン
「え……」

賢治への想いを見透かされていたような質問にドキッと胸が跳ねる。

ヒロイン
「えと、大学生のときはいたけど、社会人になってから別れちゃったから。今はフリーだよ、ここ2年ぐらい。まぁ、仕事も忙しかったし……」

(いや、ちょっと動揺しすぎ……! これじゃ、まだ賢治のこと……)

もう昔のことだというのに何かを期待してしまい、頬が熱っぽい。

(だけど、なんでそんな質問するの?)

真意を探ろうと様子を伺うも、賢治はさほど興味なさそうにグラスを弄んでいた。

鳥居堂賢治
「相変わらず恋愛下手ってことか」

ヒロイン
「そりゃ、高校時代からモテまくっていた賢治さんとは違いますから」

鳥居堂賢治
「モテてねーって」

ヒロイン
「でも、彼女さんいたじゃん」

鳥居堂賢治
「あれは告白されたから付き合っただけだ」

(じゃあ、私が先に告白してたら付き合って……)

ヒロイン
「うわ〜! それモテ男の発言じゃん」

今さら言葉にしても意味がない想いに蓋をして、私は努めて明るい声で返した。

鳥居堂賢治
「別にそんなんじゃねぇって、ただの興味本位つーか」

ヒロイン
「はいはい。自慢話は聞きたくないです!」

鳥居堂賢治
「だから違うって……あ、わりぃ、そろそろ終電だ」

ヒロイン
「え?嘘……? いや、私もヤバイかも?!」

スマホで時間を確認すると、自分の終電も近いことに気づく。

(なんだか1人でわたわたしちゃったな……)

水っぽくなったレモンサワーで、苦味が増してしまった初恋の想い出を流し込むのだった。

○駅のホーム(夜)

ヒロイン
「はぁはぁ……まさか駅まで、ダッシュするなんて」

息を整えながらベンチで休んでいると、賢治が隣に腰掛けた。

鳥居堂賢治
「お前、運動不足なんじゃね?」

ヒロイン
「そりゃ職場と家の往復生活ですから」

鳥居堂賢治
「これ、飲んどけ」

ヒロイン
「……ありがとう」

賢治が自販機で買ってきた水のペットボトルを渡してくれる。

(さりげなく優しくてくれるのは相変わらずか……きっと今もモテるんだろうな)

叶わなかった恋心を刺激するような賢治の行為が私の心をかき乱していく。

(……何もせずに帰ったら後悔しちゃうかな?)

駅員
「まもなく一番線に……行き、最終電車が到着します」

終電を告げるアナウンスが私の覚悟を問うかのように鳴り響く。

(でも、このまま黙ってたら……ずっと私の初恋は止まったまま)

モヤモヤを振り払うように水を飲み、大きく息を吐き出してから私は賢治のほうを見つめた。

ヒロイン
「私、賢治のこと……」

鳥居堂賢治
「ん?」

ヒロイン
「好きだったんだ」

鳥居堂賢治
「え……」

ヒロイン
「って、言っても! 高校までの話、昔って意味だからね」

鳥居堂賢治
「……今は違うってことか?」

ヒロイン
「え、今は……」

真剣な眼差しで私を見つめる賢治に、ドキドキと心臓が高鳴ってくる。

(今は、ただの幼馴染だよね……?)

苦しさが増すばかりの胸に手を重ねながら賢治をためらいがちに見つめた。

鳥居堂賢治
「なんだそりゃ」

ふっと静かな笑いを漏らしたかと思えば、ゆっくりと口を開き……

鳥居堂賢治
「俺は、お前のこと……幼馴染だと……」

(え……?)

賢治の言葉はホームに入ってきた電車の音でかき消されていく。

(今、なんて……?)

鳥居堂賢治
「これ、最終なんだろ」

ヒロイン
「あ、うん……またね」

普段と変わらない賢治の態度に、気恥ずかしさや後悔の気持ちが湧いてくる。

(私はただの幼馴染ってことだよね……やっぱり変なこと言わなきゃよかった)

微妙な空気に耐えきれず、逃げるように電車へ乗り込もうとした瞬間……

ヒロイン
「!?」

私は左腕を強く引かれて、ホームへと戻されてしまった。

ヒロイン
「ちょ、ちょっと、これ乗らないと帰れないし!」

鳥居堂賢治
「帰るなよ」

ヒロイン
「え……」

最終を告げるベルが鳴り響き、電車が私たちからゆっくりと離れていく。

鳥居堂賢治
「一緒にいると楽しくて……帰すのが嫌になった」

ヒロイン
「なにそれ」

ストレートな賢治の言葉が優しく胸に刺さり、自然と笑みがこぼれてしまう。

鳥居堂賢治
「今日はとことん付き合うってことでいいよな」

ヒロイン
「いいけど、その……」

鳥居堂賢治
「ん?」

ヒロイン
「て、手が……」

私の手を掴んで歩き始めた賢治に、恥ずかしさから顔が熱くなる。

鳥居堂賢治
「ガキの頃は良くこうしてたろ」

ヒロイン
「それ小学校の、低学年の話だし……今は大人なんですけど」

鳥居堂賢治
「大人だって、恋人同士なら手を繋ぐだろ?」

(え……)

悪戯っぽい笑みを浮かべる賢治に胸の鼓動がドキマギしてくる。

鳥居堂賢治
「ま、無理することはねーけどな」

ヒロイン
「……大丈夫。無理なんかしてないから」

私はしっかりと賢治の手を握り返し、一緒に歩き出したのだった。

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