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楽譜のお勉強【19】アラン・ペッティション『2つのヴァイオリンのためのソナタ第5番』

アラン・ペッティション(Allan Pettersson, 1911-1980)は20世紀スウェーデンを代表する作曲家です。17曲もの交響曲を残し(第1番と第17番は未完)、響きの層を厚く重ねる独特のスタイルで知られています。元々ヴィオラ奏者として活動していましたが、40歳頃から関節の病気を煩い、最後にはペンも持てないほどになってしまったそうです。社会福祉に厚い国から生涯の生活費を保証されていたため、作曲に専念するのですが、全ての交響曲を含む重要な作品はほとんど1951年以降に書かれています。最初の交響曲(1951)は未完に終わっていますが、同じ年に書かれた『2つのヴァイオリンのための7つのソナタ』(Sju Sonater för två violiner)には、後の優れた交響曲群に繋がる音楽的思考が色々な形で試みられていて大変興味深いです。その中から第5番のソナタを読んでいきます。

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2つのヴァイオリンでは管弦楽のような厚みは出せませんが、ペッティションの音の嗜好は分厚く折り重なった響きです。重厚な味を出すために音選びと書法に様々の工夫が見られます。冒頭、短9度の2音からなるモチーフ(E6とD#5)が第1ヴァイオリンによって奏され、モチーフの終わりを引き継いで第2ヴァイオリンが短9度(Eb5=D#5とD4)のドローン(持続音)を奏します。厳密に言えば、ドローンは上の音だけで、下の音は内声にある旋律線を奏しながらD4と旋律線上の音とを行き来するのですが、常にD4の存在は意識されるため、こちらもドローンのような効果がもたらされます。短9度という不協和の堆積で広い音域の枠組みを示すことになります。第2ヴァイオリンが内声で示すゆっくりとした旋律線と対比的な上行音形によるリズミカルなえいとビートの刻み(アレグロ、二分音符=84)が始まります。その開始音は最初のモチーフの最後の音(=ドローンの開始の音)ですから、最初は何が起こったか分かりません。一瞬持続音が震えて身じろぎしたような感じです。しかし、最初の提示で示された3音と内声の旋律で歌われる音を避けるようにして上行が始まり、ドローンの最低音(D4)よりも低くもぐっては枠組みを避けながら上行を繰り返し、音楽の進行方向を決定していくのです。提示された音を避けると書いたのは、この上行音形はアルペッジョのような理屈から作られているものではなく、提示された音を変移して求められたような形をしているからです。音階にも似ていますが、最初に提示された3音の周りに散在しているので、音階的思考ともやや違っているように見えます。この上行音階は3回半(最初の回は不完全な形なので半分)ほど繰り返された後、当初の第1ヴァイオリンモチーフをなぞる形に収束されます。上行音形の刻みを保ちますが、枠組みはD#5からE6ということです。

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(響きの合間を縫って二つの旋律的要素が絡む。)

冒頭のセクションは8小節まで続きますが、9小節目から別の要素に受け継がれます。9小節目から始まる音楽はF5から開始しますが、この音は冒頭セクションの最後の音でもあります。注目すべき点はまず、冒頭の2音モチーフを受け継いで、しかしその引き継ぎは分からないように上行音形を開始した冒頭とかなり似ている点です。即興的に音楽の構造が目紛しく変わっていくように作られていますが、ジョイントがかなり巧く機能していて、一つの語り口の中で作曲されているかのように錯覚します。もう一つの注目点は半音階的嗜好です。最初の部分の骨組みがE、D#、Dでした。続く部分はFから始まりF#、Gと音が続きます。Fは前のセクションのEから半音階的に導き出せることも注意が必要です。最初のこの2つの部分ではどちらも各音の音域が短9度関係に散らされているので「半音階を聞いた」とはあまり感じません。しかし半音階的要素は曲全体に様々な形で現れていて、例えば110小節から114小節は、主旋律がほぼ漸次的半音階で構成されています。伴奏形に巧くカモフラージュされていて分かり辛さもありますが。では、純粋な意味で、後期ロマン派的な「半音階」を用いて作曲されているかといえばちょっと違います。それぞれの作り込まれたセクションは大体3音くらいの核となる音で構成されていて、その中でも最も重要な持続を担っている音を見つけることも出来ます。第5ソナタの冒頭の場合は最も途切れずに持続を示しているのはD#です。その半音階的な上方変移がE、下方変移がDと見れば、核音の周りを不協和の層で固めて差音や軋み、滲みの効果の高い持続を作ろうとしていると見ることが出来そうです。第5ソナタではありませんが、この往々が特に顕著な例としては第1ソナタの冒頭で高音旋律のおよそ2オクターブ下にあるA4と低音旋律のおよそ1オクターブ上にあるA4を二人のヴァイオリン奏者がどちらも奏して強調している例があります。ペッティションが豊潤な響きの交響曲群でどのような作法を用いているのか、これらのソナタには既に具体的な萌芽が見られるのです。

ペッティションの第5ソナタにおいて特に充実した聴き所と感じるのは60小節から73小節まで続く部分です。第1奏者はG#3-A3-C#4-C4というエイトビート刻みを繰り返しますが、前者2音はレガートで滑らかに通常の運弓ポジションで奏されるの対し、後続の2音は駒の近くをトレモロで奏されます。この全ては弱奏で行われ、弱奏でヴァイオリンの駒の近くを奏する場合は、楽器の反応として高次倍音が実音よりも鳴ってしまうことがよくあります。しかし実音も鳴っているのでエコーがかった不思議な音色を作り出すのですが、この効果と通常ポジションのレガート奏の素早い交替はかなり立体的な響きを作り出すのです。この合間を縫って第2ヴァイオリンが旋律を奏するために入ってくるのですが、何とその音はBb3とB3です。すなわちG#3からC#4までの半音によるトーンクラスターが完成するのですが、クラスターの音楽に聞こえるような処置ではないのです。響きとテクスチャー(質感)が丁寧に書き分けられ、密になった音の配置の中から、全ての音を聴き出すことが容易です。これは音の知覚に関するとても重要な(音楽的な意味での)実験です。

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ペッティションの音楽はその知名度に比べて演奏されているとは言えません。特にスタイルを確立したと言われる交響曲第6番以降の交響曲はもっと演奏されて良いと思いますが、作曲家の人気がどのようにして出るかというのは本当に分からないものです。『2つのヴァイオリンのための7つのソナタ』に関して、これは抜粋で演奏しても良いものですし、演奏会のプログラムに組みやすいものだと思います。単純に作品の知名度が今現在低いのが残念です。作品は色々な演奏家に演奏されることでどんどん育って、素晴らしい名演に出会うと一気に評価が高まったりもすることがあるのです。この作品を知らなかったヴァイオリニストの方に興味を持って頂けたなら本当に幸いです。

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