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楽譜のお勉強⑦アルネ・ノールヘイム『恐竜』

やや久しぶりの楽譜をお勉強する記事です。これまで取り上げた記事では、合唱曲を除くと、やや編成の大きな曲を読んできました。たまたまですが、今回初めての独奏曲です。アルネ・ノールヘイム(Arne Nordheim, 1930-2010)作曲、アコーディオンとテープのための『恐竜』(Dinosauros)です。テープに録音されたアコーディオンの音源や電子音との共演なので、純粋な独奏曲とは少し違いますが、舞台上の演奏者は一人です。出版譜には作曲年が書いてないのですが、出版が1977年なので、77年か、その数年前までに作曲された曲だと思います。

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ノールヘイムはノルウェーの作曲家で、時刻では大変な尊敬を集めました。日本でもしばしば作品が紹介されています。空間的な響きの広がりを意識した奥行きのある管弦楽作品や電子音響を伴う作品で高く評価されました。家にもいくつかスコアがあり、折に触れて勉強した作曲家でもありますが、『恐竜』はアコーディオンの勉強にと思って購入した後、棚の肥になっていました。

あらかじめ用意されたテープと共演したり、ライブ・エレクトロニクスを伴う音楽作品では、電子音響と生演奏の距離感にとりわけ関心があります。先進各国に電子音楽研究所やスタジオがあり、電子音響の生成や、その技術を用いた新しい音楽作品の創造を推進しています。私が最も関心が薄いのは、独奏者が通常の器楽曲のごとくに演奏して、電子音響がゆるく伴奏しているような在り方の曲です。生の演奏家の名技性は力強いインスピレーションなので、その能力を活かしたい気持ちはよく理解できるのですが、せっかく電子音響が付くのならば、生音だけでは実現不可能な世界を掘り起こしてみたい欲求が作曲家としてはあります。その点、ノールヘイムの『恐竜』は独奏楽器と電子音の関係は完全に拮抗していて、好感を持ちます。

(このリンクの演奏では、テープ音源の音量が極端に絞られています。実際には、楽器と同じくらい出したほうが、作曲者の意図には近いと思われます。演奏はとても上手だと思います。)

テープ音源は、とにかくアコーディオンと同じことをタイミングをズラしたり、完全にユニゾンだったりしながら再生するのです。演奏家がドッペルゲンガーを纏っている感じです。作品は短いコンセプチュアルな音楽的情景がブロックごとに並べられているシンプルな形をしています。部分ごとのコンセプトがやや常套的で、効果は高いですが少し驚きに欠ける面もあります。部分は、「ヴィブラートで振動する息の長いトーンクラスター(音の密な塊)」→「素早く短い装飾的なアラベスクのようなパッセージ」→「リズミックで上下動の激しいトーンクラスターのユニゾン」→「同音連打を多用した新たなアラベスク・パッセージのカノン」→「ロングトーンの和音の交替によるコラール」→「エア・ノイズ」→「蛇腹を叩く打楽器的フレーズ」→「レジスター・キーの開閉によるリズム遊び」となっています。

様々な奏法が耳を通して理解しやすく、自然な形で用いられているので、全てのセクションの効果が高いです。また、聴いていて面白いと感じる音の身振りもよく考えられていると思いました。しかし、あまりにもスッキリした書法にやや違和感を覚えます。演奏時間およそ10分の曲としては、要素が多い気もしました。「ロングトーンの和音の交替によるコラール」がこの作品の聴き所と感じます。その直前に、ベース・ラインに聖歌のバリエーションのような単旋律モチーフが現れ、いろいろな響きを愉しむ音楽が突然に黙示的な色合いを帯びます。そこからコラールに入るのですが、そこでは旋律が数回グリッサンドでねじ曲げられて、まるで恐竜の鳴き声のような表現になっています。導入する旋律モチーフと合わせて、滅んだものへの哀悼のようにも聞こえました。

各セクションの奏法の効果が高いので、アコーディオンという楽器を作曲家が学ぶためには良い教材です。しかし、おそらくは作曲者自身も楽器に習熟するための意図をもって作曲したきらいも感じるタイプの曲です。ノールヘイムの本領発揮の場はやはり管弦楽、という印象は否めませんでしたが、一聴に値する瞬間がところどころに見受けられました。

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