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楽譜のお勉強【53】アレクサンドル・タンスマン『七重奏曲』

アレクサンドル・タンスマン(Alexandre Tansman, 1897-1986)はポーランド出身のフランスの作曲家です。フランスで活躍し、血統上はユダヤ人であったため、後にアメリカに亡命しています。近代フランス音楽の影響を色濃く受けましたが、ポーランドの舞曲様式であるマズルカやポロネーズなどを愛したことでも知られています。20世紀のフランスでは印象主義の後、新古典主義の音楽が盛んに発表されました。この系譜は実は現在まで続いており、第2次大戦後に起こった前衛的な音楽とシーンを二分しながら確実にファンを繋ぎ止めています。

タンスマンは西洋クラシック音楽業界で決して人気の低い作曲家ではなく、頻繁に演奏されていますが、私の感触では少しアウトサイダー的扱いを受けている印象もあります。とにかく作品が多く、全貌を把握できない作曲家で、知られていない作品の中にも魅力的なものがたくさんあります。何となく私の中で似たような扱いを受けている作曲家にチェコのボフスラフ・マルティヌーがいますが、こちらは近年全集版の刊行が始まり、出版社も研究者も本腰を入れて普及と研究に乗り出した感があります。亡命した作曲家によくあることですが、資料が世界中に散逸するため、研究はなかなか捗りません。タンスマンの実績が露わになる日はいつになるでしょうか…。

タンスマンの創作は多岐に渡りますが、本日は珍しい編成の室内楽曲『七重奏曲』(»Septuor« pour flûte, hautbois, clarinette, basson, trompette, alto et violoncelle, 1931)を読んでいきます。フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴットという木管が全て用いられ、トランペット、ヴィオラ、チェロが加わります。縮小版の管弦楽みたいな雰囲気もあります。曲は3楽章構成で第1楽章アレグロ・モルト、第2楽章レント、第3楽章プレストとなっていて、古典的なソナタ作品の急緩急の楽章構成を踏襲しています。響きも新古典的で、確定された調性はありませんが、調性由来の楽想で作曲されています。作品はベーラ・バルトークに献呈されています。

第1楽章はリズミカルなリフによるパズルの音楽のような作りになっています。4/4拍子で書かれていますが、冒頭では拍子を確定するのが困難です。ファゴットが八分音符3つで短3度下行する音型を刻み、クラリネットが半拍遅れて参入し、八分音符9つ分のパターンを繰り返します。ファゴットとクラリネットはそれぞれ3で割り切れるフレーズの長さなので、噛み合っていますが、4/4拍子のズレはどんどん進行していきます。クラリネットは最初2音が16分音符でその後は半音階で順次下がっていく上声と和音担当の下声部を分散したパターンになっています。クラリネットのパターンが急速に圧縮され、5小節目で帳尻を合わせて6小節目から二人のパターンは4/4を八分音符で刻みます。4音の下行半音階パターンで刻むクラリネットと、ジグザグに増4度を半音上下しながら繰り返すファゴットに乗って、オーボエが旋律を開始します。このオーボエの短3度を刻む旋律は3拍子で始まり、付点四分音符へと拡大して最初の導入部を結びます。そこからトランペットを除く全ての楽器で合奏になり、フルートが冒頭のクラリネットの旋律を1オクターブ上げて提示しますが、すぐに次の楽想に移っていきます。次の楽想ではフルートとオーボエ、クラリネットが組になって八分音符3つ分で長短(四分音符+八分音符)のリズムを繰り返し、ファゴットとヴィオラのペアが八分音符2個のパターンを繰り返し刻みます。このように異なる長さのリズム・パターンのリフが組み合わされて展開していくような楽章になっています。軽妙で洒脱な味わいのある音楽です。

この曲では調号は用いられません。しかし響きの状態はこの曲が調性と無関係でないことを示しています。曲の最初は旋律からは調性感を聞き取りにくいのですが、ファゴットの音型はE-D-C#、クラリネットの旋律の半音階はEから開始し、旋律の合間に挟む和音補完要因として用いられる音はGです。ですからC#-E-Gという減三和音の響きが滲み出してきます。また最初のリフが完結してオーボエが入る箇所で鳴る音はオーボエがE、クラリネットがC、ファゴットがGで、C-E-Gの長三和音が完成します。ただ、クラリネットはすぐに半音階下行を始めますし、低音のファゴットの音が三和音の第2転回形であることも調性感をうやむやにする要因となっています。要所要所で三和音由来の展開が響いているけれども、調を確定したりはできないという響きの表情が擬似調性作品の魅力とも言えるでしょう。この後の展開では旋律のモチーフに長7度や短7度が頻出し、7の和音の響きでより自由に半音階和声を思わせる進行を繰り出します。3度の響きや7度の響きの多様は、調性感の保証の一つになっていると言えるかもしれません。第1楽章の最後は下からE-G-B-Eという和音で、何とホ短調のように終わります。E音は曲中で頻出し、和音進行の軸音ともなっています。

緩徐楽章の第2楽章では第1楽章のような複雑なリズムの組み合わせによるパズルのような仕掛けはなく、シンプルです。この楽章も4/4で書かれています。そして何と第3楽章も4/4で書かれているので、その意味では急緩急だけにコントラストを頼っている曲です(全楽章途中の拍子変更を含みますが)。この楽章は一筆書きのような印象を受けます。モチーフも気ままに書かれているようで、作曲上の凝った技法のようなものを感じません。ただ、旋律は素朴で魅力的、なおかつ楽器の魅力が伝わる楽章で、二重奏のような薄い箇所がなかなか多く、また全楽章中唯一完全なソロの瞬間があります。中間にクラリネットのソロ旋律が置かれており、それを引き継いでファゴットも短いソロを演奏します。

第3楽章は復調の効果を狙っている箇所が多く、第1楽章や第2楽章のような擬似調性とも違い、逆に調性効果が高まっている感じもします。復調の効果を高めるためにモチーフ自体をシンプルで簡単に把握できるものに限定しています。冒頭はフルートのE-D-B-A-B-D-E-Dという繰り返しで五音音階風、それと同じ音域でオーボエがEb-Db-Bbという音型を繰り返し(音価は2倍の長さ)、同じモチーフを半音下げたものになっています。露骨な復調的効果の後は急速に回収してハーモニーを整えますが、弦楽器のピツィカートが伴奏に入ってからはまた噛み合わない復調的な効果に突入します。疾走する16分音符の旋律は分散和音の形が多く、素朴な楽しさに焦点を当てた楽章になっています。ちょっとストラヴィンスキー風な箇所も。

私の「楽譜のお勉強」では著作権保護期間中の作品の楽譜の画像をお見せしていないので、見ていただくことができないのが残念ですが、この楽譜はちょっと面白い印刷ミスがあります。版元は手書きで作られており、手書き風の味わいのある楽譜です。手で楽譜を書くとき、縦の線をきれいに揃えるため、鉛筆で薄く縦線を引くのですが、その当たり線を濃く引いてしまったのが、ほとんどのページに縦線が薄く残って印刷されてしまっています。読むのに気になるほどではありませんが、現在のコンピューターでの楽譜制作と違った味があって面白かったです。

先に述べたように、タンスマンはその全貌を知られていない作曲家です。例えば私が今回タンスマンを取り上げるにあたって、真っ先に読んでみたいと思った曲に『6つのヴィルトゥオジティ練習曲』というピアノ曲集があります。とても面白そうな曲なんですが、YouTubeどころか現在販売されているCDで手に入るタンスマンのピアノ作品集などでも録音を発見できませんでした。人気がない作曲家ではないので、単純に情報が偏っているということなのだと思います。レパートリー開拓に興味のある演奏家には宝の山な作曲家である可能性もあります。今後、もっと色々な曲を聞く機会が増えていけば良いと思います。


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