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日本の伝統芸能と西洋音楽がコラボレーションすること 〜『舞うもの尽くし二首』について

さる2022年1月12日にサントリーホール・ブルーローズにて私の作品・謡とチェロのための『舞うもの尽くし二首』が初演されました。演奏は、委嘱者の青木涼子さん(謡)と上村文乃さん(チェロ)でした。国際的に華々しいご活躍をされる二人の演奏家による典雅な演奏で、たくさんのお客様に聴いていただいたことが嬉しかったです。この度、当日の演奏の動画が公開されましたので、こちらでご紹介したいと思いました。

日本で西洋音楽の作曲を勉強した作曲家たちの多くが、何らかの日本の伝統音楽と西洋音楽のコラボレーションを試みた音楽を作曲しています。多くの場合は西洋音楽をメインのフィールドとして活動する作曲家たちですが、自国の音楽への興味や演奏家の依頼など、様々な理由で日本の楽器や唱法のために音楽を書いているのです。それとは別に、伝統邦楽を勉強した演奏家兼作曲家の人たちも、自分の楽器のためだけではなく、西洋の楽器と組み合わせた曲などを書くこともあります。現在の日本の音楽業界で演奏される音楽の多くは西洋音楽と無関係ではありません。しかし、日本人としての音楽性のアイデンティティーの源流を考えると日本の伝統芸能に関心を寄せつつ、西洋音楽の活動を続けることにも意味がありそうです。様々な問題が議論されていますが、新たな音楽の創造への衝動は簡単に抑えられるものでもないでしょう。

「様々な問題」の一つで、私がいつも感じていることがあります。いろいろな曲を聴いていましたが、自己表現としての音楽という性格がとても強い西洋音楽は、その特質のため、前述のコラボレーション音楽の多くを西洋音楽の手法の中に留めている印象を持ちます。もちろん作曲家は楽器に対して敬意を持って勉強することがほとんどですので、日本の楽器であるという強い認識は持っています。しかし、発表の機会そのものが古来の日本の音楽の実用性とは切り離されているため、どうしても自己表現としての趣が強くなるのです。このことはもちろん私の作品にも当て嵌まって、どれだけ本来の表現に思いを馳せたところで、私の生活の中でその様式は想像を越えません。虚無僧が自然の音と一体となるように修行した精神状態で尺八を鳴らす感覚を頭では共感できても、到底その生き様は現実味のないものなのです。そのため、ほぼ宿命的に「西洋音楽的感性」で作曲に取り組むことになります。このことが作品に一縷の違和感を残すことになることがしばしばあるように思うのです。

過去に幾度か日本の楽器のために作曲してきましたが、良い経験でもあり、上述のような課題を残す経験でもあったと言えます。私が『舞うもの尽くし二首』を作曲するにあたって、このことは折に触れて頭をよぎりました。

謡もチェロも、従来の演奏方法を大きく逸脱しない書法で書かれています。と言うより、謡に関しては私が青木さんを通して勉強したなりに、完全に古典的な唱法で書かれています。現代の新しい音楽では、西洋の楽器に新しい演奏方法を開拓させ、新しい響きの世界を作り出そうというトレンドがあります。トレンドと書きましたが、それは超克することが一つの命題にもなり得るベートヴェン以降の西洋音楽の精神を受け継いでいる古典的な姿勢でもあるようにすら見えます。この役割をチェロに背負わせないことで、東西音楽コラボ作品の持ちがちな「西洋音楽感」から来る違和感を少しは削ることができるのではないかと企みました。チェロは、完全に西洋音楽の古典の奏法に準拠しているわけではありません。日本の楽器は楽音整理を西洋音楽ほどに進めなかったので、西洋音楽ではきらわれるノイズ要素が結構残っており、これが独特の味わいになってもいるのです。このひずんだ味わいを作るためにチェロのパートでは少しノイズや差音が混ざるような書法を採用しました。

また、謡が謡われるときには本来「舞」が着いていたものです。これも謡そのものが持つ音楽的魅力以外の外的魅力、すなわち儀式性を感じるためには重要と考え、舞も取り入れることにしました。楽譜にはある箇所で自由に舞う指示を出してあるだけなのですが、こういうところは演奏家にお任せして謡の内容から判断していただいた方が、素人の私が手を出すよりも上手くいきそうだと考えました。

私の感想ですが、今回私の判断は概ね上手く機能したように感じました。演奏家のお二人は自由に見えましたし、私の音楽に漂いがちな「西洋音楽的」な頭でっかちっぽさも和らいで、雅やかな表情を持った音楽になっていたように思います。この作品は7月にチェリストが変わって再演される予定です。生まれたばかりの作品にしっかり命を与えてくださろうとしている青木さんに感謝しています。演奏会当日のプログラム・ノートと楽譜の説明書き部分を除いた全文を有料部分に以下の掲示しておきます。

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