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なんちゃって図形楽譜を書いて遊ぶ

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20世紀に登場した新しい楽譜のあり方に図形楽譜というものがあります。日本語のWikipediaによれば、「五線譜ではなく、自由な図形などを用い書かれた楽譜」とあります。また「五線譜では表現しきれない新しい音楽を創造する手段として、あるいは既成の概念を打ち壊す作業の一環として現代音楽作曲家が競って図形譜による作曲を試みた。ジョン・ケージなどによる偶然性が関与する「不確定性の音楽」あるいは、伝統的な西洋音楽の価値観を覆す偶然性を音楽に用いる手段ともされた」とも記述されています。

英語のWikipediaではたくさんの譜例が紹介されていますので、どのようなものか、興味のある方は見てみてください。

私の作品では、あまり即興を取り入れた音楽を書いてきませんでした。緻密に計算することで現れるリズム構造に最大の関心を寄せて作曲活動をしてきたため、即興的な音楽にしばしば力を発揮する図形的記譜は、私の作品に必要なことが少なかったのです。しかし例えば、通常の楽譜で用いられる記号では表せない動作なんかを楽譜上に示す時には、図形的な記号を用いることはあります。例えば口をパクパクする動作が必要な曲では唇を開閉している画を付記することがありました。しかしこれは図形楽譜として考案している訳ではなく、既存の記号に具体的でグラフィック記号を追加しているだけです。

作曲を始めて少し経った高校生の頃、ロバート・モラン(Robert Moran, b.1937, USA)やアネスティス・ロゴテティス(Anestis Logothetis, 1921-1994, Greece)の迫力ある図形楽譜に憧れて、一時図形楽譜を用いた作品を試みました。しかし、私の美術的なセンスがいまいちで、しかも楽譜に定着させて表現しようとしている音楽が何であるのか分からず、納得のいくものも出来ぬまま、破棄しました。抽象的で迫力ある図形楽譜に憧れたのですが、実際には具体的なものを描く方がまだ楽しく、唯一破棄を免れたお絵描き的初期作品に『肖像』(»Portraits«, 1993)というピアノ曲があります。しかしこれも図形楽譜というか、音符で絵を描いたというほどの曲です。

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(『肖像』第1曲)

当時読んでいたドイツやオーストリアの近現代の短編戯曲集に載っていた著者の一人の写真が印象的で似顔絵を描いたのでした。作家の名前は覚えていません。というより、覚えていると思っていたのですが、スペルを変えて検索しても全然見つからないため、間違って覚えていたっぽいので、モデルとなった劇作家が誰なのか、分かりません。目力が強い写真だったので印象深かったのです。ちなみに『肖像』は2曲で構成されていて、第2曲のモデルは画家のアンリ・マティスです。ですがこちらは完成度が低すぎて掲載する気になりませんでした。

高校以来、図形楽譜に自ら取り組むことはありませんでした。しかし2016年に特殊な機会がありました。尺八奏者の山口賢治さんの委嘱で2本の尺八(または尺八合奏)のための練習曲集『ひとときひとふき』を作曲しました。山口さんは曲集が進むに連れて演奏の難易度が上がるような作品を希望されていて、さらに最後の楽章では図形楽譜による即興練習曲のようなものもあると嬉しいと仰っていたので、ご希望の構成で作曲してみることにしました。第7楽章(漆楽章)「新シキ遊ビ」(「あらたしきあそび」と読みます)で、解釈の幅が大分自由な変形五線を用いた図形楽譜を書きました。ただし、何の取っ掛かりもなく、図形の印象を即興で演奏しても練習曲としては面白くないので、用いた記号にはある程度の意味付けをしてあります。

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(『ひとときひとふき』より漆楽章「新シキ遊ビ」、»Hitotoki Hitofuki«, ©2016 Edition Gravis Verlag GmbH、出版準備中)

この作品は尺八奏者の黒田鈴尊さんの依頼で尺八とヴァイオリンの二重奏版も存在します(2019)。そちらも現在出版準備中です。

紙の上に何となく五線を書いて直感的につぶつぶを置いていく作業をしました。私は楽譜制作プログラムのFinaleを用いて清書しています。デフォルトの五線は幅を変えたりは出来ますが、ゆがめることは出来ません。試行錯誤して裏技のような方法で書きました。もちろん図形的な楽譜は手書きでも問題ないのですが、Finaleで書けたら自分のプログラム理解度が高まって、今後書く曲にもメリットがありそうだと考えたのです。面倒なコマンドが多かったですが、楽しい作業でした。

2017年に私の作曲の師であるヨハネス・シェルホルン先生がケルン音楽舞踊大学を去り、フライブルク音楽大学へ移りました。その時に彼の教え子のうち数人の提案で、先生の送別会でポストカード・ブックをプレゼントしようということになりました。各自ポストカード1枚に収まる短いミニアチュアを作曲し、一つの本として贈る趣旨です。音楽で繋がっている仲間が師匠に音楽の花束を贈るのは、本当に素敵なプレゼントだと思いました。完全な新曲を書いても良かったのですが、とても気に入っていた『ひとときひとふき』の中の一段を編集しなおして、ごくごく短い楽曲として贈りました。シェルホルン先生は遊び心溢れる方で、波間に踊る音の粒を楽しそうに眺めていて、とても嬉しかったです。

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