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シンプル・ポリフォニー 〜『単音群、集合』について

さる2022年7月23日にドイツのケルンで私の2020年の作品『単音群、集合』(»Single Notes, Combined« for 7 trombones or solo trombone and 6 pre-recorded trombones, 2020)が初演されました。ドイツに住んでいた11年の年月のうち、長い時間良き友人として親しく付き合いのあった松浦芳宜さんに献呈した作品です。英語の原題に書かれているように、この作品はトロンボーン七重奏もしくはトロンボーン独奏と6つの録音されたトロンボーンのために作曲されています。2022年7月は珍しくいくつもの初演が重なる月でした。ギター独奏のための『5つのお伽の絵』(»Fünf Märchenbilder« für Gitarre, 2020)、バス・フルート独奏のための『ゴルジ体』(»Golgi apparatus« for bass flute, 2022)のほか、上記のトロンボーン作品が初演されました。作曲時期は異なっており、たまたま初演の時期が重なった形です。

『単音群、集合』は極めてシンプルなアイディアで作曲された5分ほどの小品です。この作品と対を成す作品に、トロンボーン独奏のための『単音群、独奏』という未発表のごく短い作品があり、『単音群、集合』はその独奏曲を少し音価調整し、7声のカノンに仕上げた作品です。作曲は独奏曲の方が先ですが、元々カノンにしようと思って音高や音価を選んでいるので、カノンになった時に自然に音域や音価が相互補完し合うような趣になっています。

独奏と録音で演奏する場合(初演はこのヴァージョンでした)、7つの声部のうちどの声部を独奏者が担当するかは任意です。録音ではなく演奏会形式で聞く場合、どの声部を担当するかによって、音楽的ドラマトゥルギーが変化するのが作品のねらいの一つです。最初に登場する声部を担えば、独奏者によって喚起された音楽が層状に広がりを見せてその残響が収束していくような音楽になるでしょう。逆に最後に登場する声部を演奏するのであれば、ポツポツとスピーカーから流れる音群に身を浸した状況から、最後に存在感をアピールする人間味を感じるようになるかもしれません。第2導入から第6導入のどの部分から始めるかで、最も密度の濃い7声体に滞在する時間が異なり、少しずつ独奏者の存在のニュアンスが変容するイメージです。

現代音楽は複雑な音楽であるというイメージが強い印象があります。実際に多くの古典音楽よりも複雑な方法で書かれた作品も多いですが、この作品のように驚くほどシンプルなアプローチの曲もたくさんあります。シンプルにアプローチして複雑に聞こえる曲もあれば、実際にシンプルに聞こえるものもあります。現代音楽の演奏会に行くと、似たような曲が並んでいることもしばしばありますが、これは個々の演奏会のテーマ性の話なのだと思っています。さまざまな作曲家が自由に個別のアプローチで作曲活動を続けている現在、本当に色々な音楽に出会うことができます。これからも未知の音楽との出会いを楽しみに作曲を続け、音楽を聞いていきたいと思っています。

私はnoteを日本語で書いており、日本の読者向けに発信しています。7月に初演された3曲のうち『単音群、集合』だけは日本では演奏されていないので、日本の聴き手に届けられていない作品なので、記事にしてみようと思いました。以下のリンクから録音をお聞きいただけます。

(Inamori, »Single Notes, Combined«, ©️2022 Edition Gravis GmbH, 出版準備中)


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