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楽譜のお勉強【46】エクトル・ベルリオーズ『東方の三博士の四重唱と合唱』

今回で46回になる「楽譜のお勉強」のシリーズ記事でこれまでほぼ全く取り上げていないジャンルは初期ロマン派の音楽です。かろうじてヴィルムスの『交響曲 第7番』を挙げることもできますが、これは本流からはかなり離れています。ロマン派は西洋音楽史上とても重要な作曲家たちが次々に生まれ、今日も演奏され続ける記念碑的な作品を矢継ぎ早に生み出していったクラシック音楽界の花形的な時代です。その分、クラシック音楽を幼少時から勉強してきた私は一部の古典・バロックの例外を除くと若い頃に聞いていた音楽のほとんどはロマン派の音楽だったように記憶しています。中学校に入って作曲してからは近現代の音楽を聴くようになっていきましたが、ロマン派の音楽も引き続き楽しく聞いていました。その反動か、大人になってからはシューベルトとシューマンを除いてあまり聞かなくなってしまいました。後期ロマン派ではブラームスなどをよく聞いていますが、やはり他の時代の音楽に比べると多くはありません。若い頃に私は和声学に大変な苦手意識を持っていて、和声が確立されて複雑に発展したロマン派の音楽に対しても苦手意識があったのかもしれません。しかし、西洋音楽に端を発する音楽を書いている私はロマン派の音楽語法と無関係ではいられません。そこでベルリオーズのことを思い起こしてみます。ロマン派の音楽を近年多くは聞いていないとは言っても、さすがにベルリオーズの『幻想交響曲』は若い頃によく勉強しましたし、最近でも時折書法の確認の意味で参照することがあります。他のベルリオーズ作品も勉強になることは確実と思われます。本日は管弦楽法の大家エクトル・ベルリオーズ(Hector Berlioz, 1803-1869)の『東方の三博士の四重唱と合唱』(»Quartetto e coro dei maggi«, c.1832)を読んでみようと思います。

『東方の三博士の四重唱と合唱』は、手稿譜の日付から1831年末から1832年初旬頃に完成した曲と言われています。晩年のベルリオーズは『回想録』を著しましたが、その中でこの作品に関する記述はありません。しかし、1832年の元日に作曲家フェルディナンド・ヒラーに宛てた手紙の中で「『クリスマスの祝祭のための天使の合唱曲』を最近書いた」と記述があり、この作品のことを指していたのであろうと言われています。ベルリオーズの存命中の上演記録で今日知られているものはありません。1902年になるまで出版されておらず、再発見された作品の一つと言えます。

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この作品のタイトルは研究者にとって謎の一つのようです。「四重唱と合唱」とあるのに、独唱者による四重唱パートがないのです。「合唱」と書かれているパートを四重唱として歌えば、今度は合唱が無くなってしまいます。考えても結論の出ない謎ですが、「謎」として知られているという記載が楽譜の解説に載っているのはありがたいことでした。載っていなければ楽譜に発見できない四重唱を探して延々と悩むことになります。タイトルにあるmaggiとは英語のMagi、すなわち新約聖書でキリスト降誕の時に贈り物を持ってきた東方の三博士のことです。キリストの誕生を祝う祝祭での上演が念頭に置かれていますから、歌詞の内容もそのようになっています(作詞者は不明)。

救い主が誕生した!
喜びなるかな!救い主が誕生した!
希望そして喜び!
地球の人たちよ、救い主は生まれた。
人よ、幸福あれ、喜びあれ!
喜びあれ、幸せに笑え!
人よ、喜び、希望を!
救い主が誕生した!

編成は木管各2、ホルン2、弦五部に合唱です。合唱はソプラノ2部、テノール、バスという変則的な混声四部合唱です。短い曲ですし、曲の中で複雑な転調が起こるわけでもないので、ベルリオーズの管弦楽曲にしばしば見られる大量の金管楽器(ホルン)投入はありません。

曲は弦がヘ長調の主和音のアルペッジョで上昇していくところから始まります。チェロとヴィオラがユニゾンで上がっていき、第2ヴァイオリンへ受け継いで、最高音のCは第1ヴァイオリンが伸ばします。この伸びている最高音は付点のリズムで刺繍音Hを繰り返し、独特なヴィブラートの効果を生んでいます。すぐに16分音符の上行アルペッジョ伴奏が始まりますが、ソプラノが伸ばしている音の三度上をアルペッジョの到達点にしているので、歌に不思議な節回しが付いた雰囲気の表現になっています。

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合唱と弦楽器の関係性が面白く、全体に歌の表情を増すオーケストレーションが施されています。逆に管楽器は邪魔をしないように書かれていて、合唱より上部と下部に和音を振り分けられていることが多いです。先ほどのアルペッジョ伴奏の次には、倚音で進行を遅延させた音階が現れますが、これも歌に対して随分と表情を付けるものです。例えばソプラノがAsを一拍伸ばしている時に、ヴァイオリンは同じ音域で16分音符でG-As-As-Gと演奏します。このGの滲みの効果がなかなかに心にくいものです。続く19小節からのパッセージではチェロが16分音符で低音の分散和音型を演奏し続けるのですが、モゴモゴ動く低音もまた、独特の効果を生んでいます。

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27小節目からは合唱が面白い効果を発揮しています。中音域の第2ソプラノとテノールが8分音符で和音の構成音を上下するのですが、だいたい一音節に2音を当てているため、ワーワー・エフェクトのような不思議なエフェクトを生んでいます。その形を弦楽器が受け継いで16分音符で発展させて盛り上がりを作ります。

35小節からは三連符系の音楽になりますが、先ほどの倚音をソプラノに被せた効果と似たこぶしの効果を、今度は刺繍音で作ります。ソプラノがA-G-C-Aと四分音符で歌う時にヴァイオリンは拍点では休止、続く二つの三連符を、[B-A]-[A-G]-[D-C]-[B-A]となぞり、刺繍音と基音がぶつかって滲む書法で書かれていて、大変美しいです。特にAとBは短2度ですから、その衝突の効果は絶大で、ベルリオーズの管弦楽法が「色彩的」と呼ばれることに大いに納得がいくものです。本来管楽器の扱いと弦楽器の扱いの関係性を表すときに「色彩的」と言われることが多いのですが、こういう表現を聞くと声楽でも大いに当てはまると思いました。この衝突による滲みはさらに表現を広げ、41小節からソプラノが8部音符で倚音から構成音に解決するフレーズを歌っていくのですが、同じ音型を繰り返すときはヴァイオリンもユニゾンで、音型を変えて次の繰り返し音型に向かうときはヴァイオリンは三連符になります。そしてその三連符はユニゾンの変奏になっているので、例えばソプラノが[A-Gis]と歌えば、ヴァイオリンは三連符で[A-Gis-Gis]と弾くので、詰まった音域内で不協和なヘミオラの効果を出しています。

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歌の声部の延長線上にあるオーケストレーションという企てを見ました。実際に声にエフェクトがかかったような響きがすることに感銘を受けました。今回読んだ楽譜はベーレンライター社から出ているベルリオーズ全集「管弦楽を伴う合唱作品」の第一巻収録ですが、一巻と二巻の両方の収録曲を聴きながら楽譜を眺めてみました。『東方の三博士の四重唱と合唱』はその中で短い曲だったのですが、声と管弦楽の色彩的な関係性が非常に創造的で、今回記事を書くことにしました。もう一つ、二巻収録の『インペリアル』(»L’Impériale«)も、大胆な転調に聞こえる独特なメロディー書法が魅力的であったことを追記しておきます。

(『インペリアル』のリンクです)

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