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楽譜のお勉強【78】カルロス=ロケ・アルシーナ『コンセクエンツァ』

南米出身の西洋音楽の作曲家は、本拠地としてアメリカやヨーロッパを定めることがしばしばあります。本日読んでいく作曲家カルロス=ロケ・アルシーナ(Carlos Roqué Alsina, b.1941)も、アルゼンチンのブエノス・アイレスに生まれた作曲家で、活動の拠点をドイツ、アメリカ、そしてパリへと移してきました。現在もパリを中心に活動しています。

アルシーナは、自身がピアニストでもあることから、一定数のピアノ曲を書いています。世代的なこともあると思いますが、多くはポスト・セリー的な筆致で、厳格に定められた抽象的な音像を群の理論によって配置していくような音楽が多いです。しかし、ポスト・セリー的なことばかりに関心があったわけではなく、即興的な表現を試みた作品も多くあります。ヴィンコ・グロボカールやジャン=ピエール・ドルーエのような即興的パフォーマンスに強いトロンボニストたちと親交が深かったことと無関係ではありません。今回はアルシーナが20代の頃にグロボカールに書いたトロンボーン独奏曲『コンセクエンツァ』(»Consequenza«, Op.17, 1966)を読んでいきます。

楽譜は、通常の五線記譜で書かれた一段を中心に、最大三段譜にして、各種パラメーターを操作しています。最初のページが特に入念に三段譜で書かれています。上段は弱音器の操作、中段は吹奏による発音(楽音だけでなく息音等のノイズも含む)、下段には足によるステップなどの表現が書かれています。それぞれの段には別声部のように独立した音楽が書かれており、最大で三声の音楽が実現するわけです。ただし、弱音器による「発音」を求めている場所では三声が成立しますが、弱音器によって吹奏パートの音色を操作する箇所では、リズムが独立して書かれていたとしても、独立した発音が認められないため、二声に留まります。近年作曲されている先進的な独奏曲の中には、演奏行為のパラメーターをリズム的に分けて、この『コンセクエンツァ』のように独立した声部のように記譜した作品がそれなりに多く存在しています。弱音器操作が一段のパラメーターを独立して占有する場合、多くはワウワウ・エフェクトなどのリズムを吹奏による音のパートのリズム変化と独立させたい時に用いられます。この場合は、出てくる音自体が2パートになることはありませんから、一つの声部を複雑なニュアンスで書いたということになります。これに対してアルシーナのこの曲では、かなり弱音器による「発音」にこだわっています。カップミュートのカップ部分を取り外して用い、ベル部分に打ち当てて金属打楽器のようなパートを書き出しています。これと独立した吹奏による音は別の音として独立して聞こえますし、足による発音はそもそも楽器につながっていません。こうして複雑な三声体が成り立っている点はこの作品の特徴の一つと言えます。ただし、アルシーナの発明かどうかは疑わしく、当時、多くの作曲家が同様の実験を積極的に行っていました。ここで思い出されるのは、グロボカールの『対話 II』(»Discours II«, 1967-1968)という五本のトロンボーンのための作品です。この曲は西洋現代音楽史上とても有名な作品で、この中で同様の音楽的実験は徹底して行われています。しかし、アルシーナの作品の方が1年早く作曲されており、まさにグロボカール自身がアルシーナ作品の初演を1966年に行っているのです。グロボカール作品よりも早いのであれば最初なのかも、とも考えられますが、アルシーナとグロボカールは知り合いで、アイデア交換や試奏などを、どちらの作品も成立する前に行っていた可能性は否めません。グロボカールに作曲上の影響を与えたとなれば、なかなかとんでもない作品ということにもなりますが、アルシーナがグロボカールの助言を得て作曲した可能性もありますし、本当のところはどうだったのかは分かりません。ちなみに、20世紀のトロンボーン独奏曲の中でも極めて重要なルチアノ・ベリオの『セクエンツァ V』(»Sequenza V«)は1966年の作品で、この曲の中で一部、ミュートで『コンセクエンツァ』と同様のノイズを出す場面があります。アルシーナの作品タイトルが『コンセクエンツァ』(結果)ですから、ベリオの『セクエンツァ』に触発された可能性は結構大きいのではないかと考えたりもします。厳密な初演時期を調べきれなかったので、想像の域を出ない話ですが。

(動画の演奏では2度ほど、ミュートを落としてしまっていますが、曲の演出ではなく、ミスです。ご愛嬌でそのまま上げたのでしょうか。他の動画が見つからないので、こちらになりました。)

2ページ目からはやや伝統的な楽譜になります。時折、足踏みの段が加わって2段になりますが、基本的には吹奏の段のみに、楽音が書かれる音楽になります。ここでは声と楽器音の同時発音による二声および差音による濁った音響の音楽が追求されています。リズム的には発声と楽器発音は独立しており、やはり多声音楽的思考が強いです。楽音も歌もかなりの割合でフラッタータンギング(巻き舌奏法)で演奏され、濁った音色に拍車をかけています。

中間部で足の擦り音による間奏のような表現をみたりしますが、基本的には声と楽器音による音楽を追求して最後の部分まで行きます。曲の最後の部分では楽音ばかりになっていきますが、ここで再び二段譜が採用されます。高音部と低音部の拡張を積極的に試みており、低音と高音の極端な頻度での交替が起こります。音価も短く、緊張感の高い表出的なクライマックスを作って曲が終わります。

『コンセクエンツァ』でもう一つ大事な要素は、息音の種類です。冒頭では特に息音のホワイトノイズが頻繁に用いられますが、アルシーナは4種類の表記によって異なる音色を求めます。表記はsz, S, Sh, Schとなっており、それぞれ相応しいフィルターを求めます。詳しい説明はないのですが、それぞれ演奏家が想像力を働かせて音色を作ります。szはジジジジというようなノイズ混じりの音でしょうか。歯をしっかり閉じて歯に意識的に息を当てるようにすればそんな感じの音色になります。Sは普通のスーッという息音、Shはやや強めでシャーっという感じ。Schはドイツ語版のShみたいな感じでさらにノイズ要素を強めて、という感じかと思います。いずれも口腔内の状態を細めたり広げたりしてさまざまな音色を作ることができます。

アルシーナという作曲家は、私がドイツに留学していた時に知った作曲家です。楽譜から想起される音楽は面白く、最初に聞いた作品、打楽器協奏曲『主題群 II』(»Themen II«, 1974)にとても感銘を受けました。日本ではなかなか聞く機会のない作曲家ですが、ご紹介したいと思いました。

*「楽譜のお勉強」シリーズ記事では、著作権保護期間中の作品の楽譜の画像を載せていません。ご了承ください。

(記事中でご紹介した打楽器協奏曲『主題群 II』のリンクも上げておきます。)

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