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古森科子評 スティーヴン・モス『鳥が人類を変えた――世界の歴史をつくった10種類』(宇丹貴代実訳、河出書房新社)

鳥は人類を変えたのか――人類に翻弄された鳥のむごたらしい歴史が垣間見えるだけでなく、その運命がいかに人類の手中にあるかをまざまざと物語る

古森科子
鳥が人類を変えた――世界の歴史をつくった10種類
スティーヴン・モス 著、宇丹貴代実 訳
河出書房新社

■太古の昔から地球上に生息し、遡ること地質時代の中生代に起源を持つ鳥類は、わずか数百万年前に誕生した人類と深いかかわりを持ち、そのかかわりの深さゆえ、数奇な運命をたどることを余儀なくされた。『鳥が人類を変えた』は、人類に翻弄された鳥のむごたらしい歴史が垣間見えるだけでなく、その運命がいかに人類の手中にあるかをまざまざと物語っている。
 ワタリガラス、ハト、シチメンチョウ、ドードー、ダーウィンフィンチ類、グアナイウ、ユキコサギ、ハクトウワシ、スズメ、コウテイペンギン。本書はこれら一〇章からなり、それぞれ「人類の根元的な要素――神話、情報伝達、食べ物と家庭、絶滅、進化、農業、環境保全、政治活動、権力のおごり、気候非常事態」とかかわっている。イギリスの自然史研究家にして野鳥観察家、放送作家でテレビプロデューサーでもある著者のスティーヴン・モスは、鳥が人類の歴史上どのような役割を果たしたのか、あるいは果たさざるをえなかったのかをつまびらかにする。
 古くは旧約聖書「創世記」のノアの【方舟/はこぶね】にも登場するワタリガラスは、現代においても『氷と炎の歌』(ゲーム・オブ・スローンズ)シリーズに登場するなど、各国の神話において重要な役割を果たしている。それは、彼らが目の前に存在しない概念を伝達できる能力をもつ、たった四つの動物群(他は人間、蟻、蜂)のひとつであることも関係しているかもしれない。ハトは平和の使者と呼ばれ、通信の発達していない時代に広く伝書役をつとめたが、皮肉にも二度の世界大戦時には戦況の伝達に大きく貢献した。アメリカで感謝祭やクリスマスの晩餐に欠かせないシチメンチョウは大量のフードロスや、不十分な調理による食中毒が問題となっているほか、野生種は年々減少傾向にある。絶滅した野生生物の代表格とされるドードーは生息地モーリシャスにヨーロッパ人が初上陸したわずか六〇年後に絶滅し、本物を知りえない人々が再現した模型が真の姿として周知される憂き目に遭っただけでなく、〝【絶滅した、時代遅れの/dead as a dodo】〞の成句とともに、むしろ絶滅後に広く知られるようになった。
 ダーウィンフィンチ類の章からは、「進化論」誕生の背景に潜む真実と、これらの鳥が進化論にとって重要である、という神話に導かれたダーウィンの後継者たちが得た革新的な洞察が浮かび上がる。とくに、一生のあいだに観測しうる進化を目の当たりにしたピーターとローズマリー・グラント夫妻の生涯をかけた研究には驚きを禁じ得ない。グアナイウはかつて〝世界一高価な鳥〞と呼ばれた。その生成物(=【糞/グアノ】が天然肥料として高く評価されたからだ。グアノは世界の作物高を大幅に増やしただけでなく、今日なお用いられている農法の基礎を敷いた。だが、工業型農業を後押ししたグアノも、より清潔でより便利な合成肥料に取って代わられ、この新たな肥料を用いた〝化学農法〞はレイチェル・カーソンの『沈黙の春』で告発されることになる。
 マリー・アントワネットら上流階級のファッションリーダーたちが火付け役となり、世界中の女性の帽子が鳥の羽で飾られたとき、独特の美しい羽根を持つユキコサギも犠牲を免れることはなかった。興味深いのは、その後巻き起こった鳥類の保護活動者たちの非難の矛先が狩猟者ではなく、羽根つきの帽子を被る女性たちに向けられたことだ。また鳥の羽をめぐっては、婦人参政権を求める女性運動家たちと鳥の保護運動を行う女性たちとのあいだで激しい対立が生じた。「参政権を求める女たちは、〝本物の女性〞ではない」という世間の言いがかりに女性運動家たちが反発し、女性らしさを強調する野鳥の羽根飾りをこぞって身につけたからだ。ハクトウワシはアメリカを象徴する鳥で、合衆国大統領章や一ドル札の裏面、軍服、パスポートなどに採用されている。じつはワシの頭が左右どちらを向いているかによって、その意味するところは大きく異なる。右向きのワシは悪名高きナチスの象徴で、今なお多くのネオナチ集団に用いられている。
 一九五八年に毛沢東が行ったスズメの大量駆除により未曽有の大飢饉がもたらされた事実は、自然を支配しようとすることがいかに愚かを如実に示している。最終章で著者は、コウテイペンギンのほかアメリカムシクイやケツァールなど、気候変動の影響によって絶滅の危機に直面している鳥類に焦点を当て、従来の「地球温暖化」や「気候変動」といった柔らかい表現ではなく、「気候危機」という言葉で強く警鐘を鳴らす。
〈世の中にたえて【人類/ヒト】のなかりせば 鳥の心は…〉。読み終えて、思わずこう口にしたくなるほど、強欲にまみれた蛮行を繰り返してきた人類と、それに翻弄されつづけてきた鳥たちの歴史に圧倒された。だが同時に、自分は何らかの蛮行に加担していないとはいいきれないのではないか、という思いにもかられた。鳥というフィルターを通して人類の在り方について考えさせられる稀有な一冊だ。
 古森科子(翻訳者)

「図書新聞」No.3644・ 2024年6月22日に掲載。https://toshoshimbun.com/
「図書新聞」編集部の許可を得て、投稿します。

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