第15回:政治家・官僚に刺さる説明の手法
1.「政治家にいえばなんとかなる」の勘違い
政策の意思決定構造の話をします。
政策決定にはトップダウン型とボトムアップ型があります。
トップダウン型の代表は官邸による指示で政策の実施が進められるようなものです。官邸の中枢にいる首相や官房長官が「この政策を実現する」というメッセージを発することで、各省庁がその政策の実現に向けて動き出すものです。特に社会から関心を持たれている話題であったり、官邸が重視している施策の場合はこのトップダウン型の政策決定が行われることがあります。
例えば、アベノマスクについては安倍首相が2020年4月1日の新型コロナウイルス感染症対策本部で発表した政策で、各省庁との調整が十分に行われなかったものといわれていますし、消費税を10%に上げた際の使い道について、幼児教育無償化の財源に充てることも安倍首相が2017年9月25日の経済財政諮問会議で発表したことが発端でした。
ボトムアップ型の代表は、その政策を担当する官僚が政策を立案するものです。制度を熟知する官僚が制度改善の必要性を感じ、各省庁幹部、最終的には大臣の了承を得て実現するものです。国民全体の関心事と言えるほど広範囲に影響が出るものではないものや、専門性の高い分野に関する施策であったりする場合はこのボトムアップ型の政策決定が行われることがよくあります。
このトップダウン型、ボトムアップ型のどちらであっても、政治家や官僚が一人で新しい政策の発想を得て、その政策の実現に動き出すわけではありません。いろんな人の意見を聞いたり、現場を見たりすることで制度改善への着想を得るわけです。
このことを踏まえると、政策提案を行う人たちは、トップダウン型の場合は官邸中枢、ボトムアップ型の場合は官僚(最終的には官僚を束ねる各省の大臣)に提案した政策が受け入れられることが必要です。
また、特にボトムアップ型の政策にいえることですが、官僚に提案内容があまりうまく理解してもらえないような場合には、政府での役職を得ていない与党の政治家(※)の側から政策提案をしてもらって政策実現のサポーターになってもらうこともあり得ます。また、与党が取り上げにくいテーマであれば、野党議員から提案してもらうことによって、それがきっかけとなって政府が動く場合もあります。
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(※)与党議員にも立場によって違いがある
総理大臣をはじめとして各省庁の大臣、副大臣、政務官などの政府の役職に任命された国会議員は政府の一員として、その各省庁の政策を推進するために働きます。官僚機構の上層部としての仕事を行うため、与党議員としての役割は薄まり官僚を従えた行政組織のトップとしての色合いが濃くなります。
つまり、自分の支持者のことだけでなく、公平に全体を考えないといけない立場になるということです。政府に入っていない与党議員であれば、地元や支持者の意向を届けるべく政府に働きかけを行うことは当然ありますが、大臣が自分の選挙区や支持団体に有利になるように、政策をゆがめるようなことは許されません。
一方、政府の役職についていない国会議員は、政府ではなく、自民党内の役職につくなどして、政府の一員ではなく、与党である自民党としての活動を行います。今回説明する与党議員とは、政府の役職についていない国会議員を念頭に置いています。
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たまに誤解している人もいるのですが、「政治家に言えば何でもうまくいく」わけではありません。
例えばですが、法律に反するようなことをもみ消してほしいという依頼を、国会議員に頼んでもきっとうまくいかないでしょう。(大事な有権者の一人なので、はっきりと断りはしないでしょうが、うまいこと理由をつけて「頑張ってみましたが難しかったです」、みたいな回答が秘書経由でかえってくるはずです)
これは相当極端な例ですが、要するになんでもかんでも偉い政治家にお願いしたら実現するわけではないということがいいたいのです。政治家や官僚にあなたの政策のサポーターになってもらうためには、それぞれの考え方や立場を理解した上で政策提案の仕方、伝え方を工夫することがとても重要になってきます。
(執筆:西川貴清、監修:千正康裕)
2.政治家と官僚のタイムスパンの違い
民間から政策提案をしようとすると、必ず政治家と官僚の両方に働きかける場面があると思います。それぞれへの伝え方のポイントは異なりますが、それを理解する前提として、両者の立場の違いを説明したいと思います。一つ目の違いは失業のリスクです 。
政治家は他の職業と比べるととても失業のリスクの高い仕事です。衆議院議員の任期は4年で、途中解散もあります(参議院は6年、解散なし)。衆議院の場合最長でも4年ごとに国民の審判を受けることになるわけです。
国民がどのような判断基準で選挙で政治家を選ぶかというと、その議員が所属する政党に対する評価もその基準の一つでしょう。第9回:なぜ、政策のつくり方は壊れてきたのか ~政策プロセスの大きな変化と理想の政策のつくり方~でも解説しましたが、2000年前後からの選挙改革や社会の変革により、候補者個人よりも党の影響が強まっていることは確かです。
それでも候補者個人の魅力は少ならからず投票行動に影響を与えます。
「その議員が何をしてくれたか」ということも重要なポイントとなるでしょう。
つまり、政治家は次回の選挙でもまた国民から選んでもらえるよう、短期的な成果を追求する圧力が強く働くことになるのです。
一方の官僚は真逆です。
官僚は試験で選ばれます。就職するのはそれなりに難しいですが、法に触れるようなことさえなければ、クビになることはほぼないといっていいでしょう。省庁のトップである大臣は政治家が務めますが、政策のプロとして、政策を考え、大臣に提案し、実行に移すことができます。大学を卒業してから定年まで退職しなければ40年間近く、その省庁が担当する政策について考え続けることができます。
西川が役所にいた時、上司からこういわれました 。
「政策を大きく動かす機会は、10年に1度あるかないか。そのチャンスが来たときに、いい政策を政治に提案できるように普段から準備をしておきなさい」
数年に一度選挙のある政治家と比較すると、物事を考えるタイムスパンが長いことがお分かりいただけますでしょうか。
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