見出し画像

パリ同時多発テロを戦争へと誘導する未確認情報の不気味(再録)

初出:2015年11月18日 ニューズウィーク日本版

2015年のパリ同時多発テロで「イスラム国(IS)」が出したアラビア語の犯行声明。
「緊急:十字軍フランスに対する喜ばしいパリ攻撃に関する声明」とある。

パリ事件の前日のベイルート連続自爆テロ
 フランスで約130人の死者を出した同時多発テロ事件の前日に、レバノンの首都ベイルートで連続自爆テロがあった。死者43人。私はその時、取材でベイルートにいた。ベイルートのテロは、南郊のシーア派地区を狙ったものだった。発生から3時間ほどの間にイスラム国(IS)による犯行声明がインターネットで出た。
 現場は、シリア内戦にアサド政権支持で参戦しているシーア派組織ヒズボラの拠点がある場所であり、犯行声明でも「ヒズボラの拠点」と明示していた。現場から中継するレバノンのテレビでは、ヒズボラが標的になったということは強調されなかったが、犯行声明では特定していた。もちろん、死者負傷者は一般市民であり、ヒズボラ支持者とは限らない。無差別テロである。
 パリの同時多発テロはさらに暴力的だった。レストランで銃乱射、競技場での爆発、コンサート会場での人質事件と立て続けに起こった。時間が経過するにつれて、死者が増えていった。ベイルートのテロに比べれば、何が標的なのか分からない全くの無差別的な殺戮だった。
テロを喜ぶイスラム過激派系サイトのツイート
 驚いたのは、事件が動いている時から、イスラム過激派系のツイッターアカウントで、「パリ攻撃万歳。今日は長い夜になる」などという攻撃を祝い、喜ぶようなツイートが次々と流れたことだ。「#パリは燃えている」というアラビア語のハッシュタグもできた。
 その中に、「パリ市民よ、あなたたちは自分の子供たちが殺されたことに衝撃を受けている。同じことを、あなたの軍隊がシリアの地で行っているのだ」というツイートがあった。殺戮と同時進行で、市民の無差別殺害を正当化しようとするアラビア語の文章を読みながら、救いのない気分になった。
 私がツイッターの過激派サイトを開いたのは、ISによる犯行声明が出るかもしれない、と思ったからだった。しかし、未明になっても声明は出なかった。翌14日の昼ごろ、オランド大統領が「イスラム国による戦争行為だ」と宣言した。犯行声明も出ていないのに、イスラム国がやったという証拠があったのだろうか、と思っていると、しばらくして、ISの犯行声明が出た。
犯行声明とは思えないISの声明
 12日のベイルートの自爆テロでも出た青地に白抜きのアラビア語の文章など体裁は同じだった。ISの公式声明である。第1段落はコーランの一部の引用で、第2段落は「神が祝福する攻撃」など称賛や祝福の文章、第3段落でやっと具体的に襲撃について触れている。
 しかし、内容は「カリフ国の戦士がつくる敬虔な8人のグループが、自動小銃と爆弾ベルトを身に着けて、選別された標的を攻撃した。その一つは、ドイツとフランスの試合が行われていた試合場で、そこにはオランド(仏大統領もいた)......」などと、テレビが報じていることをただなぞっているだけだった。当事者しか分からない事実らしいものは何も見当たらない。声明は襲撃を礼賛、祝福しているだけで、とても犯行声明とは呼べないというのが、私の評価である。

 このIS声明では、ISが実行したという決め手にならない。オランド大統領は「ISによる戦争行為」を宣言しても、事件とISの関係について決め手となるような材料が示されたわけではない。にもかかわらず、大統領の宣言を受けて、フランス軍は14日からイスラム国への報復的な空爆を開始した。

現場で発見されたシリア旅券を巡る疑問

 その前後に、自爆した犯人の近くから、シリアのパスポートのパスポートが見つかったという報道が出てきた。後から捜査当局筋の情報として、そのパスポートの指紋や写真が名前のものと一致せず、真正の旅券ではない可能性があるという報道も出ている。

 そもそもシリア人の自爆犯が偽のパスポートを持って攻撃に出るだろうか。イラクやシリアという国境も認めず、シリア政府も認めないISの戦士が、身分証明書であるパスポートを死ぬ時に身に着けるだろうか。私たちは「自爆テロ」と呼ぶが、本人たちにとっては「神の敵を倒すジハード(聖戦)のために命を捧げる殉教作戦」である。神のもとに旅立とうとするものが、パスポートを身に着けていくだろうか。それも偽物のパスポートを。

自爆者の遺書から見えた「殉教者」像

 イスラムの「自爆者(殉教者)」については、日本でも欧米でも、余りにも知られていない。私も、当初、自爆者というものが理解できず、パレスチナに行くようになって、自爆をした若者の家族を何家族も取材した。若者が残した遺書を見せてもらったことがあるし、自爆未遂で負傷した若者にインタビューしたこともある。

 自爆したある若者は「同胞たち」と「両親」への遺書を残した。同胞たちに向けては、「私は不帰の旅路に出ることを決めました。この、虫の羽ほどの価値もなく、影のように消えてしまう、楽しみの少ない世界に戻ることはないでしょう」と書いていた。遺書の中に政治的な主張がほとんどないのに、驚いた。逆に、「神よ。私は私の魂と体を差し出すことに戸惑いはありません。神がそれを受け入れることを祈念します」などと、宗教色が非常に強く、遺書を読んでいると、すでに現世を離れて、別世界に入り込んでいるようにさえ感じた。

「殉教者をつくるのに3か月かかる」

 銃を乱射して人間を無差別に殺戮し、その後で自爆するという行為は、すでに常軌を逸している。以前、パレスチナのイスラム過激派を取材していて、「殉教者をつくるには3か月かかる」という話を聞いたことがある。

 イスラム過激派のリクルーターは、夜明けの礼拝を行うような敬虔な若者に近づき、徐々に殉教の道へと誘導していくという。普通、若者は宗教への関心は薄いが、イスラエルの攻撃などで身近な人間が死んだり、破壊の後を見たりして、ひどく傷つくと、思いつめて未明に起き出し、早朝の礼拝に参加するようになるという。

 殉教者に仕立てる殺し文句は、「あなたは神に選ばれたものである」という言葉だ。先に紹介した自爆した若者の遺書にも両親あての遺書に「私は殉教者としての地位を神に与えられました」というくだりがある。「殉教者をつくるのに3か月かかる」というのは、自爆者が自分を「殉教者として神に選ばれた」と考えるようになるまでの期間であろう。

「殉教者」を演じる役者としての自爆者

 イスラムでは殺人と自殺は地獄行きの大罪である。外形的には、自殺であり、同時に殺人であるという自爆テロが、自殺でも殺人でもなく、神の敵を成敗するための「殉教」であるためには、宗教的な保証が必要となる。それを与えるのは、イスラムでは専門的にイスラム法を修めたアーリムと呼ばれる宗教者でなければならない。さらに宗教者と殉教者だけでは、殉教作戦が実行できない。当然、政治的な意図をもって作戦を実行する仕掛け人が必要となる。

 演劇で例えれば、宗教者は台本をかく作家であり、仕掛け人が演出家、自爆者は台本を読み込み、演出家の指示を受け、殉教者を演じる役者ということになろうか。イスラム教徒なら、台本を書くのは宗教者ではなく、「神(アッラー)」である、というかもしれない。このような例えをすることで、私が言いたいのは、神のもとに行くことしか頭にないほど、宗教の世界に入ってしまっている自爆者に、政治的な意図を立てたり、作戦立案をしたり、または目的地に車を運転していくようなことも含めて、多くの作業を期待することはできない、ということである。

シャルリ・エブド新聞社襲撃とは作戦の質が異なる

 そのように考えれば、7人の自爆者が少なくとも6か所で別々に動き、銃を乱射した後、警官に射殺された一人を除く6人が自爆したというテロ攻撃の全様を知った時に、その作戦のために、どれほど大掛かりで周到な準備が行われ、どれだけのサポートの人間が動いたかと考えざるをえなかった。7人の自爆者とイスラム国とつながる首謀者だけで完結するようなものではない。そのような大規模なテロ作戦を実施できる組織が、フランスにあったということに驚いたのである。

 1月にあったシャルリ・エブド週刊新聞社に対する襲撃事件は、全くの犯罪行為ではあるが、新聞社襲撃が目的であった。結果的に襲撃犯は殺害されたが、今回は初めから死ぬことを目的とした「殉教作戦」であって、同じように見えても、作戦の質が全く異なる。

 もし、シリアのパスポートを自爆者が身に着けていたとすれば、仕掛け人が何らかの政治的な意図で着けさせたことになろう。もし、そうでなければ、「テロリストがシリアから来た」という政治的なメッセージを拡散させようとする誰かの陰謀である。

「首謀者」として浮上したブリュッセルの若者

 フランスでは押収されたシリアパスポートの解析を含め、事件解明について捜査が続いている。事件の全容解剖には、相当の時間と労力が必要であろう。捜査で7人の実行犯のうち最初に身元が分かったのは、パリから周辺の県に住む、特に重大な犯罪歴のない若者だった。その後、いきなり、ブリュッセル生まれのモロッコ系移民の息子であるアブデルハミド・アバウード容疑者(27)を、「事件の首謀者」とするメディアの報道が出てきた。

 アバウード容疑者はシャルリ・エブド事件の後、今年1月に警官襲撃のテロ未遂事件があった隣国ベルギーのブリュッセルで、その事件の首謀者として名前があがった人物だ。捜査の手を逃れ、「イスラム国」に逃走していたその若者が、今回のパリ同時多発テロを計画し、仕組んだ首謀者だというのである。しかし、報道を見ても、彼がシリアにいるのか、欧州にいるのかも分からず、どこから、どのようにして、作戦を指示したのか、さらに、捜査当局は彼の関与をどのようにして知ったのかなど、彼が「首謀者」だと納得できる具体的な情報が何も出てこない。

「IS空爆」に向かう政治的意図と未確認情報

 アバウード容疑者がシリア東部のIS支配地にいるならば、パリでの作戦を遠隔操作で立案したり、指揮をとったりすることは、全く不可能だろう。ブリュッセルなり、フランスにいて、実際に作戦を立案し、自爆者をリクルートし、当日の手配をとるなど、実質的な指揮をとったというなら、まさに「首謀者」だが、今年1月に仲間と武器とアジトを準備したために、警官に踏み込まれて逃げた若者に、そのような経験と能力があるだろうか。

 もし、アバウード容疑者がパリに来て実際に動いたにしろ、IS支配地にいる彼の指令を受けてフランスにある組織が動いたにしろ、重要なのは、イスラム国の指令によるテロ作戦というよりも、フランスとその周辺国を含めたイスラム過激派組織による大規模なテロ作戦が実行されたという事実である。「イスラム国の指令」はあったとしても、二次的な要素である。

 どうも、この間の数日の報道や情報の流れを見ていると、「IS空爆」という戦争を激化させようとする政治的な意図のもとに、未確認情報が飛び出し、それによって世論操作が行われ、政治が動いているように思えてならない。その陰で、フランスや欧州の足下で重大な危機が広がっていくのではないかという危惧を抱かざるをえないのである。

※初出:2015年11月18日 ニューズウィーク日本版


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?