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少しだけ、昔の夢が叶った日

無事に発表会本番を終えました。
満足な演奏は全くできなかったし、この先も自分で満足がいく演奏ができることは少ないのだろうと思う。

得るものや感じるものが多い本番だったので、この気持ちを自分で忘れないように、ちゃんと書き残して見返せるようにしたいな、と。
また、つらつらとあれこれ書いてみます。

出番までのメンタルと身体の温め方

昔から、門下発表会的なものに出演すると、年齢や経験値、曲の難易度や長さなどで、だいたい出番は最後あたり。トリを務めるのはよくあること。
中学生から、開演から自分の出番まで2時間以上空くことに慣れすぎていた。

前半はカーディガンを羽織って、身体を温めながら大人しく体力を温存。自分の出番が近くなったら、身体を動かして起こす。
といったように、私の身体やメンタルは数時間空く前提でできている。

今回は、声楽の門下発表会への飛び入り出演。
私の順番は7番目。前半での演奏は、高校3年の演奏会でトップバッターを務めたとき以来。
タイムスケジュールは会場の関係でわりとタイト。

「長年ステージに立ってるし、順番もタイムスケジュールも、ぶっちゃけ関係ないね!」とタカを括っていた。
なので、ヘアメイクも練習も上手くいった当日、安定のテンションの高さとウザさはご覧の通り。

リハから出番まで、1時間弱。つまり、普段の半分以下。
電車での移動中はアームウォーマーをして腕を冷やさないようにして移動。
会場に到着して、すぐドレスに着替えてリハ。
出番までは楽屋でカーディガン&アームウォーマー姿で共演メンバーと談笑しながら、水を飲んで、糖分摂取のためにラムネを食べる。
舞台袖に控えている間は、ひたすら身体が冷えないようにジャンプやストレッチをして重心と血行を整える。

いつもより余白がない身体は全然温まっていないし、メンタルもなんとなく落ち着かない。
でも、お得意の脳内変換でポジティブに。

世界観に入り込みすぎて完全敗北

出番が来て、元気良くステージに飛び出した私。
ドレスの下に隠された足は、裸足。

(私は弾く曲によって、ペダルの加減やどのくらい下半身で身体を支えるかで、履く靴を変える。本番では演奏用の靴を2足持っていき、ピアノに合わせてヒールの高さを決める。今回は最後の砦、裸足を選択。)

笑顔でお辞儀をして、椅子に座りドレスを整え、鍵盤を拭いて…高ぶる気持ちを落ち着けながら、集中状態を作る。

目を閉じて、深呼吸をして、息を吐ききって集中状態にしっかり入ったところで、目を開ける。

見えた。あの森が。
私がストーリーを作るときに参考にした、友人の作品の森が、見えた。
目の前に映っているのは、ピアノのはずなのに。

すごいことを成し遂げてしまった。
曲の世界観やゾーン状態に入り込めることは、滅多にない。
ましてや、音を出す前にイメージした風景が見えるなんて。
本当なら、ここで「よっしゃ!見えた!」となる。

がしかし、私はストーリーの主人公が感じる、とてつもない恐怖感に襲われた。
気味の悪い、雨上がりの暗い森に、ゾーン状態の脳内の私は裸足で立っていた。

恐怖で手を震わせながら1音目を出す。
音質は良い。恐怖が音に反映されてる。
このまま弾き続けようと腹をくくったものの、ストーリーで恐怖感が増してくるところで、本当に自分も恐怖感が増して、息が上がる。
胸が痛くなるくらいの動悸が始まった。

気づいたら、弾きながら過呼吸になりかけていた
自分で作ったストーリーに、見えた森の景色に、完全に私は負けていた
それでも弾けていたのは、アドレナリンのおかげ。

曲の中盤でありえないミスタッチをかました。
表情こそ崩さなかったものの、心の中で苦笑いしていたら、少しだけ意識が現実に戻ったのか、動悸はそこで収まった。
幸運なことに、最後まで集中状態は切れることなく弾き切ったけど、汗だくで息切れまでしていた。

楽屋に戻ったときに、共演者の声楽メンバーたちが大きな拍手と笑顔で迎えてくれ、やっと一息。

紫色の「死の舞踏」

今回は平日夜のコンサートということもあり、母だけではなく、同僚や友人たちが仕事終わりに駆けつけてくれた。
会場から自宅が遠い従姉妹夫婦までもが、来てくれていた。

ファン(と言っていいのか?)からの温かいコメントの一部をここで自慢させてほしい。

  • 前回聴いたときよりも、ものすごく良くなってて、曲のストーリーができてた。気味悪い音がちゃんと出てた。

  • ありがとう!途中で涙が出てきたよ。脳みそがいちばん痺れた。

  • 久しぶりに圧巻のピアノ演奏を聴いた気がする。

  • 涙が出そうになるくらい、素敵な演奏でした。

  • 素敵すぎる演奏をありがとう。かっこよすぎて痺れた!表情も手元の動きも全部が最高だった。

なによりも嬉しかったのが、

私がお姉ちゃんの練習動画を聴いたときに感じた色をお花にしたよ。
久しぶりにクラシックを聴いて触発された!またヴァイオリンをやろうと思って、まずは楽器を調整に出すことにしたよ。

と終演後に連絡をくれた、高校の後輩。
私をお姉ちゃんと呼ぶ、本当に妹のような可愛くて仕方ない存在。

仕事終わりに紫色の小さな花束と紫色の缶に入った、音楽をモチーフにしたお菓子を差し入れに持って駆けつけてくれた。
そうか、私の死の舞踏は紫色だったのか。
妙に納得。

ずっと音楽から離れていた彼女から、こんな言葉が聴けるとは。
高校時代、最高にヴァイオリンが上手だった彼女が復帰したら、一緒に姉妹(ではないけど)で何か演奏できたらいいな。いや、絶対にやる。

可愛い妹の一言で完全に気分が良くなった私は、アドレナリン大放出のまま会場を後にして、メガハイボールを浴びた。

Twitter(あ、Xか…)やインスタにアップした動画を見てくださった方々からも
「こんなに弾けたら楽しいだろうな〜」
「すごい!こんなピアノ聴いたことない!」
「かっこいい!」
などなど、嬉しいコメントをいただけた。

あまりの難しさに何度もくじけたけど、諦めずに死の舞踏を弾いて良かった。
ストーリーを作ったり、出したい音にこだわったりして「音を伝えること」を突き詰めてみて良かった。

ミスだらけでも、過呼吸になりかけても、紫色の死の舞踏で、これだけの衝撃や感動を人に与えることができたのだから。
私にとってピアノを弾くうえで「かっこいい」「痺れた」は最高の褒め言葉。
死の舞踏は、もう少しで完全に私のもの。

今となっては、森が見えて恐怖感を感じられたのは、遠く離れた友人からのエールだったのかもしれない、と都合良くすら思えてしまう。

ゾーンに負けない自分をつくる

次の課題は「ゾーン状態や世界に入り込み過ぎたとしても、それに耐えられる技術とメンタルをつけること」と師匠に言い渡された。

撮影いただいた演奏動画を見れば見るほど、技術的に気になるところは無限に出てくる。
この課題がクリアできれば、きっとこの粗さもなくなっていくのだろう。

心拍数が上がってテンポが上がっても動かせる身体と体力作り。
思い描いている音を自由自在に出すための指の形や腕のフォームの定着。
恐怖を感じたときに緊張に変わらないようなメンタルの持たせ方。
もっと人を引き込む音の出し方や表情(顔だけじゃなくフレーズ)の作り方。

もっとピアノをうまく弾くためには、人を引き込む演奏をするには、まだまだやるべきこと、やれることがたくさんある。

控えているのはモーツァルトとメンデルスゾーン。どちらもチャレンジしたことがない作曲家。
次は何色の演奏をしようか。

プロのピアニストではない私の夢

ピアノを始めた8歳の頃から夢は「世界で戦えるピアニスト」。
高校生の頃にその夢が「何かを与えられるピアニスト」に変わった。
そこに至るまでには、人よりも手が小さいこと、小指が特異体質で短いこと、メンタルも身体も弱いこと、技術的にも叩き上げだったこと、いろんな要因があった。

「やなぎちゃんの演奏は、なんかエロいんだよ」という大師匠や周りの先生方の言葉をきっかけに

技術や表現で圧倒できる、ピアニストにはなれなくても、
聴いてくれる人に自分の音を通して、何かを感じさせたり、背中を押したり、何かのきっかけになれるピアニストにはなれる。

と思うように。

美しい演奏は上手ければ誰でもできる。
高校生で、大人にエロいと思わせる演奏ができるなんて、最高じゃない。
エロさの感じ方は人それぞれ。
いろんなことを想像させられる。

(エロい=紫、赤、黒あたりを想起させることが多いので、これで後輩からのお花の色の選択も腹落ちしたのかも)

大人になって、その「なんかエロい演奏」とやらが今もできているのかは分からない。

けど、聴いてくれる人が感じた「何か」が私が思い描くストーリーや世界観、音じゃなかったとしても、その人にしか感じられなかった「何か」があればそれでいい。
クラシックは聴く人と曲が主役。私じゃない。
聴く人が好きに聴いたらいい。

音楽家はひとりじゃ何もできない。
家族の理解、先生の指導、友人やファンの方々、周りの応援やサポートがあって、成り立っている。
その人たちに何かひとつでも、演奏を通してお返しができるなら。
(周りの方々のご尽力を当たり前と捉えて、自分が主役で周りは付き人かのように、勘違いした態度を取ってしまう音楽家は少なくないのだが)

今回の本番では、みなさんからの嬉しいお言葉や後輩の言葉を見聞きして、高校生の頃の夢が、少しだけ叶った気がした。

これからも、私をピアニストと呼んでくれる人がいる限りは、高校の頃に描いた夢は忘れないで追い続けて、聴く人に私の音を届けたい。

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