背負うべきもの
山登りの準備をするとき、わたしはバックパックに詰めて持っていく荷物を3つに分けて考える。「生きるために、最低限必要なもの」と「いざというときに、役に立つもの」、「自分をごきげんにするためのもの」だ。
一つ目の「生きるために、最低限必要なもの」は、食べものや飲みもののこと。生きるため、というとちょっと大げさな印象かもしれないけれど、山の上に売店や自動販売機があることは稀だから、自分が消費するエネルギーや水分量を見越した、食べものや飲みものは背負っていく。
二つ目の「いざというときに、役に立つもの」は、レインウエアや防寒着、救急セットなど。山では屋根のある場所に逃げ込んだり、救急車をすぐに呼んだりすることができないことが多い。だから地図や天気予報を見ながら、「どんな山道をどんな気象条件の下で歩くのか」をイメージする。
雨が降ったら、寒くなったら、怪我をしたら、病気になったらーー。
でも心配するあまり、たくさん持っていこうとすると、バックパックは重くなって、歩みは遅くなるし疲れやすくなる。欠かせないものは何なのか、何はなくても大丈夫なのか考えて取捨選択する。
三つ目の「自分をごきげんにするためのもの」は、日帰りハイキングならおやつやピクニックシート、山小屋泊ならメイク道具や着替え、アクセサリーなど。一つ目や二つ目に比べると優先度は低くなるけれど、楽しい思い出をのこすためにとても大切なもの。
ちょっとしたハイキングだとでも、普段の生活で30分以上続けて歩くことなんてなかなかないから、疲れを感じる瞬間は必ず訪れる。そんなときにも、目の前に広がる自然に心動かす余裕をもつために、自分をごきげんに保つアイテムは欠かせない。
何を選ぶかに一番その人らしさがあらわれるのも、このカテゴリー。例えば調理道具が充実していると、食いしん坊なのかなとか、友達におもてなしするのが好きなのかなとか、着替えやアクセサリーが揃っていると、下山後もふもとの町歩きをしっかり楽しむ派なのかなとか、持ち主のキャラクターを伺える。
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アウトドア雑誌では、バックパックの中身全部見せという人気企画がある。ランドネでも3月発売号に向けて、山好きの方々に愛用アイテムやお気に入りのウエアを紹介してもらう取材を進めている。
ちなみに去年、ランドネ編集部で作ったムックで一番たくさんの方に購読していただいたのは『山登り&キャンプ アウトドア旅の道具BOOK』。アウトドア旅を愛する25名の女性に、愛用している道具をプランとともに紹介していただいた。
この手の企画は女性誌にもよくあって、ポーチの中身紹介などはわたしも大好きで細かいキャプションまで読み込んでしまう。お買い物の参考になるし、それ以上に持ち物を通して人柄が想像できるからおもしろい。
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アウトドア雑誌の編集者として駆け出しのころ、ベテランの3人のガイドさんと一緒に、1泊2日避難小屋泊で山に登った。わたしは2日分の食料の準備を担当することになった。
初秋だったので体が温まるものがいいと思い、夜ごはんは鶏鍋にした。3、4人用の鍋とバーナー、食材、水を用意すると、なかなかの重さになったけれど、きっと誰かが手助けしてくれるだろうと思った。
しかし登山口から出発をするとき、それぞれの身支度でばたばたし、荷物を分担し直す話は出なかった。わたしも初めから人に頼るなんて信頼を失いそうで言い出せなかった。これぐらいの荷物も背負えないのか、とダメ出しされたくなかったし、絶対に無理というわけではないのに、匙を投げる自分を許せなかった。
翌日、どうにか下山することはできた。でもわたしはヘトヘトで、しばらく山には登りたくないと思った。それどころか、いっしょに登った3人に少し苦手意識をもった。楽しみにしていた山登りだったのに、そんな気持ちを持ち帰った自分を不誠実だと思い、そのあと2日ほどベッドから出られなかった。
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誠実である、ということについて、最近よく考える。わたしは物心ついたころから、相手に気分良くいてもらいたくて、時に自分の気持ちを押さえてきた。その場の雰囲気をこわすのが怖くて、キャパシティを超えた荷物を背負っていたのだと思う。我慢の限界がくると、その人間関係やコミュニティからそっと離れた。
そんな振る舞いは、誠実であるとは到底言えない。自分の心の声をないがしろにせず、すこしでも傷み始めている部分を手放したり、まわりに頼ったりしてこそ、フェアな関係を積み重ねていける。
背負うと決めた気持ちを貫徹しなければいけないわけでもない。辛さに気づいたら、途中で変更してもいいはずだ。大事なのは、周りへの伝え方なのだと思う。
山登りが好きな方は、”背負いがち”な気がする。編集部の後輩たちも心配になるほどだ。背中の荷物は自分では見えないから、その大きさや重さがわからなくなる。下ろして周りの荷物と比べたところで、リュックの大きさに負担を感じる人もいれば、ハーネスと肩や腰の形が合わなくて痛みを感じる人もいるし、重さが苦手な人もいるから、判断できない。
わたしの大切なひとたちもわたし自身も、適切なボリュームの荷物を背負えているのだろうか。考えられる余裕をもって、日々生きていきたいなどと思う。