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「短期的願望の侵入率で良し悪しを判定する」という指導原理と具体的なあり方(『世界史の構造的理解』2/3)

長沼 伸一郎『世界史の構造的理解 現代の「見えない皇帝」と日本の武器』を読んだ。

世界史を独自の構造的な視点で捉え、日本がこれから進むべき道を検討している。ここ数年の中でも、最も読み応えのある本であった。まだ消化できてないところが多いが、印象に残り、より深めていきたい3箇所をコメントとともにまとめておく。

今日は2つ目。

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いい社会とはどんな社会か?

本書でそれを考える斬新な視点を提供している。

一般的には、いい社会は個人の自由が実現される社会だ!と考えるだろう。

そういうのは、多くの人が納得するだろうが、本書では、もっと現実的に運営面で重要な原理を示している。

皆が完全に自由に流動的に動ける社会では、全員が短期的願望を極大化する方向に集まってしまって、社会はそれに抵抗する力をどこからも調達できない理屈になる。それを避けるため、伝統社会はしばしば人為的な構造物をつくって、そこをヨリシロに長期的願望を成立させようとしたのであり、宗教や階級制度などはそうした狡猾な試みの例である。とくにヨーロッパの貴族社会や日本の武家社会などは、名誉心というものを重要な力や構造材として利用した。長沼 伸一郎. 世界史の構造的理解 現代の「見えない皇帝」と日本の武器 (Japanese Edition) (pp.154-155). Kindle 版.

ここでいう「短期的願望」とは、食欲とか性欲とか快楽的な欲望であり、「長期的願望」とは、より高度な時間軸や社会を持続させることなどを含んだ理想である。

それはともかく、こうしてみると、この「短期的願望の侵入率で良し悪しを判定する」という指導原理がかなり有効であることがよくわかる。実際に広く歴史全体を眺めても、ある社会が健全で活力があるかどうかに関しては、表面的な政体が何であるかより、むしろこの指導原理のほうがより決定的な影響を及ぼしているように思われる。長沼 伸一郎. 世界史の構造的理解 現代の「見えない皇帝」と日本の武器 (Japanese Edition) (p.214). Kindle 版.

では、どんな仕組みがあれば、短期的願望が、長期的願望を駆逐することを防げるのか?

実はこの問題に関しては、洋の東西を問わず次のような経験法則が存在している。それは社会を上から「君主」「上級貴族」「下級貴族」「民衆」の四つに分けた場合、上から三番目の「下級貴族(下級エリート)」が力をもっている状態にあるとき、社会はもっとも活力に満ちているということである。長沼 伸一郎. 世界史の構造的理解 現代の「見えない皇帝」と日本の武器 (Japanese Edition) (p.212). Kindle 版.
そして「なぜこの下級貴族・下級武士層が主導権を握る状態が一番ましなのか」の理由も、やはり先ほどの指導原理から説明され得るのである。その理由は、消去法でみていくとこの四つの階級のなかでは、上から三番目の下級貴族層が、短期的願望に侵入される危険が相対的にもっとも少ないからである。それに対してこの層より上の二つ、君主と上級貴族層では個人の権勢欲や宮廷内の自己顕示欲による短期的願望の侵入率がより高く、逆にこれより一つ下の民衆・大衆階層では、匿名性や規範のなさゆえに集団的な無責任状態のなかで短期的願望が侵入しやすい。長沼 伸一郎. 世界史の構造的理解 現代の「見えない皇帝」と日本の武器 (Japanese Edition) (p.213). Kindle 版.

「君主」「上級貴族」「下級貴族」「民衆」のうち、「下級貴族層」ががちょうど、権力欲や無責任に流されにくいポジションであり、彼らが力を持つ社会が短期的な願望が増大するのを防げるという。実際に歴史上でもそれが説明できる事実もあるという。

宇野常寛さんの「遅いインターネット」が提唱するのも、この短期的な願望が長期的願望を覆い尽くすことを防ぐことが目的といえる。

これは非常に直感的に魅力的なアイデアだ。たしかに、上の立場に行き過ぎると、そこまでに来た努力を回収するためにも、上に迎合的になったり、現状維持を優先するマインドにならざるを得ない。政治家や大企業の経営層をみればよくわかる。

これは、ゲンロンの東浩紀さんがよく引用する丸山眞男の「亜インテリ」と重なる。公務員や学校の教員、中小企業の社長などだ。

そこに目を向けると、本当に自由を実現する道が見えてくるかもしれない。


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