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”「わからないこと」にどう立ち向かうか”読書note88「ヘンな論文」サンキュータツオ

今年もコロナで活動自粛が続き、卒論に取り組む学生たちはフィールドワークがほとんど出来ない状況で、卒論テーマを再考する者が多くいる。そんな学生と接していて、衝動買いを研究したい、ゲームメーカーの戦略を研究したい、など獏としたままで先に進めない状態に陥っていることに気付いた。つまり、卒業研究するに値し、残りの時間で間に合う(卒業に関わるため、重要な問題である)”適切な問い”を立てられないのである。

周りの先生に相談したりしていたら、「ヘンな論文」というユニークな本に出くわした。書いている人は、お笑い芸人で大学の非常勤講師というこれまたユニークな人である。取り上げている論文のテーマが非常にニッチで面白い。そして、その思い白いテーマは、それぞれ学術的に科学的にしっかりとアプローチしているのである。これは、学生たちに「分からないこと」に立ち向かう姿勢や考え方、様式を理解するのに最適と思い、社会学に近しいテーマの所とその元の論文(公開されているのでネットですぐに見つかった)を渡して、読んでもらうことにした。

卒業研究とは、テーマではなく、そのアプローチを学ぶものと考えるべきだ。これから社会に出て、仕事で様々な課題解決に立ち向かう彼ら彼女らにとって、「分からないこと」に立ち向かう考え方とアプローチを学ぶ機会となればよいなと思う。

私がはまった”ヘンな論文たち”を簡単に紹介していく。

1.「世間話」の研究(河原町のジュリーについて)

世間話と聞けば、井戸端会議を想像するけれど、「昔話」「説話」「伝説」とならぶ口承文芸のひとつのジャンルというから、驚いた。「世間話研究会」という学会”は、そんな話のパターン(型)を分析研究しているという。

京都の河原町にいたというホームレス”河原町のジュリー”という奇人の話を集めて分析したのが本論文である。そこには、「乞食に身をやつした権勢者」「落剝の富豪」「超俗清貧の聖人・哲人」「全てを放棄した栄達者」といったパターンが発見されたらしい。

元論文:奇人論序説 ―あのころは「河原町のジュリー」がいた―   飯倉 義之 2004年『世間話研究』第14号(残念ながらネットでは見つからず)

2.公園の斜面に座る「カップルの観察」

公園の土手に座るカップルは、どの位の間隔を空けて座るのか?という問題に取り組んだ論文である。学術的には、いわゆるパーソナルスペースと言われる問題のカップル版ということになるか? ※実は私も、ライオン時代に制汗剤(ニオイを防ぐ日用品)のPRを考えている時に、パーソナルスペースというキーワードに出会って、調査し、それを使って広報したことがありました。

さて、カップル間の距離は5mという結論が出たようであるが、それを導きだした手法は「フィールドワーク」である。704名、カップル数で352組を観察して導き出している。「滞在時間」「姿勢」「密着度」なる指標で計測したそう。計測したのは、ゼミの学生たちで、こちらも男女2人組になって、4日間、横浜港ターミナルに張り付いて調査したらしい。

元論文:傾斜面に着座するカップルに求められる他者との距離 小林 茂雄, 津田 智史 2007年『日本建築学会環境系論文集』第615号

3.「浮気男」の頭の中

世間的には悪であるが、なぜ人は不倫や浮気をするのか?という問は、人間とは何なのかという大きな問につながる。この論文では、浮気男の心理学的な「意味づけ」を見つけることを目的としたリサーチを行っている。

その手法は、質的研究という心理学に基づく方法で、縁故法により、不倫をしているが、➀夫婦関係に不満がない、➁奥さんとの関係も良好、➂奥さんへの愛情がある、④彼女とも真剣という4つの条件を満たす男性4人を探し出し、1対1のデプスインタビューを行っている。

そこから導き出された「浮気男の意味づけ」フレームが次の図である。(論文から引用)

浮気意味づけ

素晴らしく、くだらない心理構造図となっている。人間とは何か?を考えさせてくれる研究である。

元論文:婚外恋愛継続時における男性の恋愛関係安定化意味付け作業   松本健輔 2010年 『立命館人間科学研究』21号

4.「コーヒーカップ」の音の研究

これは高校の先生の論文である。教え子の女子高生が「コーヒーカップにインスタントコーヒーを入れてスプーンでかき混ぜる時、だんだんと音が高くなっていく」という疑問から始まった研究である。(そんなこと思ったことなかったので、やってみたら全く分からず、、、音痴だからか?)

その研究のアプローチが素晴らしい! まずは、事実確認として、パソコンに音を取り込んでフーリエ変換して周波数特性を調べ、確かに音域が高くなっていることを確認している。

次いで、お湯の温度との関連ではないかという疑いを検証すべく、お湯のみで実験、音は変化しないことを確認。今度はコーヒー以外の粉末でも試す。クリームや入浴剤でも音の変化があった。犯人は粉末であることを突き止めた!徹底的にしらみつぶしにしていく姿勢こそ、科学者の姿と言える。

そのような実験を経てたどり着いた仮説が、「粉末に含まれる気泡=つまり空気が高い音を吸収していた」→だから、溶けることで、音が吸収されなくなって高い音が聞こえるようになる、という事である。

元論文:コ ー ヒー カ ッ プとス プー ンの接触音の音程変化 塚 本 浩 司 2007年 物理教育 第 55 巻 第 4 号

5.「分からないこと」にどう立ち向かうか

私が特に気になったものをピックアップしたが、まさに「分からないこと」にどう立ち向かうか、を考える素晴らしいテキストだと思った。

例えば、魚を使った創作料理を考えるという課題に向き合うことになった時、どうするか? まずは、これまでの魚料理の様々な方法を調べる。(これは先行研究に当たる) 日本料理、西洋料理、中華料理・・・様々なやり方があり、さらに魚の種類によっても、たくさんあるだろう。それを整理分析する。焼く、煮る、生、・・・といった分類もあるだろう。その中で、例えば、西洋料理では”生”の料理はあまりやられていない、といった発見があれば、創作の方向性としてヒントが得られるかもしれない。

次は、創作料理のコンセプト(方向性)を考える。これは、先行研究での整理をベースにしつつ、アイデアやひらめきを加えて、試行錯誤を繰り返すことになる。

方向が決まったら、料理を作る工程になるが、ここも、下処理から、調理条件などを記録しながら、進めていかないと、再現可能なレシピは作れない。温度や時間など細かい条件を変えて実験したり、人に試食してもらって評価をフィードバックしたりと、工夫と努力が必要な作業になる。

このような立ち向かい方を学ぶことこそ、生きる知恵や力となると思っている。卒業論文制作とは、「分からないこと」に立ち向かう術を学ぶことに他ならないのだ。(がんばれ!4年生)

「地図よりコンパスの時代だ」(MITメディア・ラボの所長、伊藤穰一氏)




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