『世紀』

○馬場さんの全歌集から再読。第19歌集。この歌集だけ、他のとは違って和のイメージを出た感じのデザイン。タイトルに合っている。

木の深い瞑想の中にあつたのだが木蓮はだまつて雨の朝咲く
生まれてすぐ働く蟻の一匹が恍惚とゐる百合に上りて
本当の自分をみつめなさいなどと教師の頃はなぜ言へたのか
○一首目のような文体にひかれる。「生まれてすぐ働く蟻」発見でもあり象徴的でもある。

観光としてわが見るマリアわれを見ず初秋のやうにさびしきその瞳(め)
○俯いたようなどこにも焦点があわないようなマリアの眼を思う。ズバッとした一首の入り方。

電子辞書よりふいに叫べるヒトラーのナチの声冬の夜を怯えしむ
二十世紀の少し明るい朝だつたがポプラ若やかにモネを呼びたり
こんな国のこんな政治の中にゐてにつぽんすみれいよいよ小さく
ここも地球のはしくれの土しばらくは球根を埋めたましづめたり
○球根の歌、上句のスケールの大きさと下句の動作からの結句があざやか。

紫式部がたましひ見ゆるといひし碁をそと習ひをり夜更けてひとり
盤上に四季の位のありといへば一隅に白き雪の石置く
五月切(せつ)に物の切りたし刃研ぎたし胸の中まで青葉茂るを
人間の言葉しづめて降る雪はただ直立の白樺に降る
○最後の歌の静けさがいい。人間というキーワードが歌に多い作者ならではの一首。


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