『飛天の道』

○馬場さんの全歌集から再読。第18歌集。

心底をのぞけば仏像を彫る男ゐて折々の鑿が光れり
○自分の中に誰かがいるという発想の歌が他の歌集にもあったが、結句の動きに惹きつけられる。

春はなぜかバケツをほしく思ふのかにぶくかがやくブリキのバケツ
精神を味はふやうに唇を近づけし日の静けきさくら
か青なる笹の明かりをゆくつぶろ半透明の身をかなしまず
○儚げな三首目。否定形で終わるのがいい。

観葉植物のみどりに遊ぶ数十の眼をみればこの世いと気味わるし
植物的思考の中に植物のやうなわれゐて今日キャベツ捥ぐ
中世の遊女の素手のやさしさでするりするりと筍を剝ぐ
○植物から時代、思考、いにしえへと発想の豊かさを楽しめる歌。

母似の夫母の顔してこまごまとわれに物いふふしぎなるかな
ふとん干す春の陽ざしにかすかなる塵ひかりつつはなれゆきたり

○私の好みはこういった日常詠に偏ってるかもしれない。

仏教とイスラム激しくたはたかひしその骨深く蔵へり沙漠
ゴビは今も苦しむ大地皺深し文明は行き行きてここに止まらず
秋晴れは何にでもなれる思ひありされど昭君の見しゴビ沙漠
○シルクロードの旅を詠んだ連作から。時間も場所も巨きなものを詠まれつつ、今も苦しむ…のような詠みから文明というものにさらに問題意識が広がってゆく。

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