『風を待つ日の』野田かおり歌集

○2021年発行。

触れたればひんやり安心するやうなナイフになりたし春風のなか
野のむかうまで帰らうとして葬列のひとつのやうに文字は並びつ
雨ののち廊下をゆけば窓の影ひとつひとつが光の棺
○落ち着いた文体×斬新な発想だけれどどこかいい意味でオーソドックスな歌でもある。

目の昏さ思ひ出づればゆふぐれにガクアジサイは自照してゐつ
指ばかり見てしまふ午後まひるまの月のしろさを探すふりして
○ガクアジサイが自照しているという表現がいい。白に近い青のような色のアジサイを思った。指ばかり…自身の指ととればうつむきがちな視線なのだろうか。傍にいる人の指ともとれる。

プリントの束もてゆけば秋の夜の校舎はどこか宮殿めきて
ゆらゆらと光寄せ来る教室の中心点をわれは探して
○て止めの気にならない歌。「宮殿」「中心点」が魅力的だ。

木綿豆腐みづに放せばいきもののやうに沈めり寒き夕べに
家族とはもの喰ふひとの集まりと素焼きの皿に秋刀魚を取りて
○いきもののやうに…説得力があり動きが見える。


秋の陽ざしをみづは流れてゆつくりと湯よりあがりし母のふくらはぎ
家族とふタペストリーを撫づるとき擦過傷めく記憶の匂ひ
校門を出づれば背が負けてゆく焚き火のやうな椿のやうな
○2首目にはヒリヒリとした家族の歴史が感じられる。
3首目、はっきりとつかめないが気になる歌。朱く負けてゆくような背中は自分のものか、他者か。

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