『靴紐の蝶』畑中秀一第1歌集

○歌集のタイトルが魅力的。初読の感想を記します。

単身の赴任先へと離陸して斜めになった座席の小窓
週末にアイロンかけて静めおりさざなみのごときワイシャツの皺
ひとり居の部屋に笑えばその声も笑顔も壁に吸い込まれゆく
○1首目下句、当たり前だけれど「斜め」に不安定感、期待など含まれている。2首目も「さざなみ」が美しく倒置や「静めおり」がいい。

アスファルト押し上げてゆく街路樹の根のやうに為す深夜残業
○長い比喩だが、押しつぶされそうになりながら無理矢理にでも持ち上げ仕事をこなす自身ととった。

朝とらえ夜とき放つ靴紐の二匹の黒き蝶を飼う日々
○蝶結びの紐を「蝶を飼う」と、自在に表現している。「とらえ」に束縛があり、夜には開放されている自身がある。繰り返し繰り返し結んできた毎日が、振り返れば美しく昇華していくように見えてくる。

牛乳には秘密にしとく 豆乳に浮かぶ膜には名のあることを
肉じゃがの名前に入れてもらえない玉ねぎが好き 私のようで
○なるほど、と思った。何でもないことだけれどそうそう、と頷く。

食べ終えし巨峰の皿に乱れたる家系図のごと身をさらす枝
ボールペン筆圧だけで輪を描けば「遅れてごめん」とインクが出だす
○2首目、途中からインクが出始める感じが歌の半ばでわかる。こういったシーンを歌にしようとする意識も面白い。

容器から放り出されてみずからの重みにゆがむゼリーの気持ち
お豆腐にお醤油かけたらお互いに形を変えて寄り添う大豆
○1首目、「みずからの重みにゆがむ」が巧み。2首目、こういった発見が得意な作者。

雨あがりの陽射しに透けてカマキリの内翅ゆれる朝の舗装路
コブよりも気になっている一旦は下がって上がるラクダの長首
○それぞれ「内翅」や「長首」への視線がピタッと一首になった。

ロッカーの中の鏡を拭きつつも退職の日の我を映さず
○「映さず」で複雑な心情が詠まれているととった。

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