『鳴禽』外塚喬第13歌集

○本棚を見ていて再読。

ためいきを吐くはにんげんと決めつけてをれば吐くなりときをり犬も
雨降りの日が好きになるしつとりと翼の濡れた郵便がくる
ひとり歩きしてたましひは夜の更けに野の花の香をまとひて帰る
○2.3首目のような柔らかさ瑞々しさにひかれる。

ネーミングよきものにわれの手は伸びる〈完熟マンゴー・日当りバナナ〉
水にごり風にごりする春の日に西根尾川の橋ひとつ越ゆ
女日芝の穂に降る雨のなかを来て修道院の扉を押しつ
切り返しいくたびもして出てゆける車のやうな生を尊ぶ
○切り返し…の歌は長い比喩がきいていて説得力がある。

昨日ゐたところから数歩仏像が確かに動いてゐたりゆふぐれ
怠けてもいいよいいよと穂すすきの頭をなでてゆく風が好き
ゐない母がこの世にゐるかと思ふまで明るい明るい藪椿さく
○どれものびやかな寂しさが心地良い。

鳥は夢を見ないと誰が言へようかゆふぐれどきに渡るかりがね
山ひとつふたつ越えれば改鋏の音が聞こえてきさうな駅舎
道分けの石あたたかく陽の光りいのちを先にのばすごと照る
○改鋏…なつかしい言葉、現代の電子音とはちがう、アナログ時代のよさ。


さびしさをまぎらすやうに風もまた風に遅れて竹群に入る
嘘をつかないメダカが好きといふ人の忘れずに餌をやる雨の日も
○さびしさを…重奏的な一首でありながらさびしさに酔いしれるような読後感がある。

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