老い桜
随分前のことになるが、多分15、16年前になると思う。
まだ寒さ残る三月初めの、ある朝早い時間に友人M子さんから電話があった。
「やっぱり別れようと思うの、、、、」
離婚するということだろう、
私はそれとなく以前から気付いていたが、今まで、このことについて彼女から言い出すこともなく、私から聞くこともなかった。
こんな話しを、、、こんな早朝、、、と思っていたが、しばらくして、直に彼女から聞いてみようと彼女の家を訪ねた。
相変わらず、忙しいそうにして、一向に電話の話しを切り出すことはなかった
もう、桜も終わりだけど、谷中の桜でも観に行こうかと誘って一緒に出かけた。
墓地を挟んだ桜並木は一巡の風にまさに桜吹雪であった。
車の通行もあり、年月も経っているので、樹々は年々病んでいったようだ。
昔のような勇壮な姿は無く、寂しくなっていた。
ベンチに座り髪に降りかかる花びらを手で払いながら、「この間は朝早く、電話でごめんなさい、もうずっと考えていたことだから、、、」
後の人生楽しく生きたいのといった。
私は、「そうね、、、、」と言うのが精一杯であった。
枝を落としたごつごつした桜を観て「老い桜」と言いながら彼女は枝垂れた小枝を手繰り寄せよせた。枝先には緑の小さな葉がのぞいていた。
来年も花を付けてくれるであろうか。
程なくして彼女の夫は病に倒れ、彼女の看取りの後亡くなった。
今、彼女は特養ホームで暮している。
病いのため彼女から記憶というものが遠ざかっていくようだが、家族の話だと私の名前と電話番号だけは覚えているらしい。
それが私を悲しくさせる。
桜吹雪の中に佇むと、きりっとした和服姿の彼女の姿が浮かんでくる。