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If...

ご無沙汰しておりました、パピです。本日は社内ベンチャー組織時代の話。If..は言っても仕方ないのですが:

合弁会社設立?

2000年初夏、社内ベンチャー組織に韓国スタートアップA社から協業の打診が舞い込みました。当時、韓国はIMF危機を乗り越える施策が当たり、日本に先んじてインターネットビジネスの興隆に乗って多数の有力スタートアップを生み出していました。協業打診があったスタートアップA社は既に韓国NO.1のオークションサービスを立上げ、運営中で、より大きな可能性を日本市場に感じて、我々や日本の商社Bにアクセスしてきたのでありました。
※当時は日本最大の検索エンジンサイト、ショッピングモール運営サイト、女性経営者が率いるオークション草分けスタートアップがいずれも黎明期で、今では当たり前のエスクローサービスも無い状況でした。

A社、B社と我々は新規市場参入に向けて、検討タスクフォースチームを立上げ、お盆休みを返上し、丸の内の貸し会議室に1か月ほど籠って、事業計画を練り上げました。そして、その事業計画を実行する母体となる新たな合弁会社を設立する覚書を交わし、各々の投資に関し各社の取締役会や経営会議に附議する手筈となりました。

なしのつぶて?

当社の投資資金は、ベンチャーキャピタルC社と二人投資事業組合を組成済みで、その投資委員会に附議し、すぐに承認が下りました。唯一の条件は私が合弁会社に出向し、取締役として経営に関わることでした。
商社Bからも直ぐに社内認可されたとの連絡がありました。ところが、覚書締結から1か月が経過しても、肝心の仕掛け人であるA社から一向に連絡がありません。
督促は続けていたものの、ジリジリして、ついにB社の代表、私の上司と私の3名で急遽ソウルに乗り込むことになりました。

ソウルにて

ソウル金浦空港に着くと、タスクフォースに加わっていたA社のキムCTOが満面の笑みで迎えてくれ、一晩中歓待してくれました。
ところが、翌日3人で江南のオフィス訪問すると、直ぐに小さな会議室に押し込まれます。これまで我々の交渉カウンターパートであったパク社長、ソン常務、チェ常務が登場、と同時に居心地悪そうにしています。
実は、A社の最大株主である韓国のVCが投資回収・利益確定の為、A社の保有株式を売却したい、と経営陣の中では最大株主であった会長と組んで、秘密裡に世界最大のオークション運営会社E社への売却交渉を進めていたのでした。パク社長以下の残りの経営陣の保有株式は過半数に満たず、取締役会でも売却が決まったとのこと。。。

後日談

結局、合弁会社による日本市場参入はご破算となり、A社もパク社長以下の経営陣と幹部社員の多くが同社を辞めてしまいました。彼らのうち数名は、ほどなくフィリピンでオークション会社F社を立上げ、数年後には同国でNO.1の地位を獲得し上場まで果たしました。さらに、のちに知ったのですが、我々の二人組合のパートナーC社が別のファンドからF社へ出資しておりました。※本当にVCの連中は抜け目ないというか、大したもんです!
ちなみに、世界最大のオークション会社E社も日本では市場参入に大失敗し、小さな人間の私は少し溜飲を下げました。
その後、別のミッションで米国駐在となり、私が足繫く通ったゴルフ場の周囲にオフィスを構えているE社のロゴを見るたび、複雑な思いではありました? その割に…そのコースによく通いましたが、笑


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