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無の乗り物

先日うちの車が入院しました。
もう12年も前のドイツ車で走行距離も11万km、病院(車屋さん)では常連です。

そこに代車としてやってきたのが某国産メーカーTのVです。テレビではありません。

いやぁ快適!ハンドルもスイッチ類も全てが軽くて快適、ちょっとした小物入れなどかゆい所に全て手が届いています。燃費もウソでしょ?というくらい走る。

これええやん。としばらくの間乗っていると何か気持ちがグルグルとしだす訳です。この金属やプラスチックやガラスの塊から僕は一体何を感じ取れるのだろうか?と。

日本人の知恵と努力と汗も涙も全てが凝縮されたしかも借り物の車に対して僕に何か与えろなんて、とてつもなく烏滸がましい話なんですが、もし自分のものだとしたら車での移動という時間がその操作と同じくとても軽いもので(軽やか、ではない)かゆいところに手が届いていて、不便がなさ過ぎて、軽薄で何も発見のない時間になってしまうのではと感じた訳です。

翻ってうちの車。全てが重くてスイッチ類も何でこんなに硬いの?って感じで燃費も悪い。壊れるし。でも楽しい。運転が、移動が楽しいのです。

人間が直感的に楽しい、気持ち良いと感じる部分をうまくブランディングやUXに取り入れているという意味ではハーレー・ダビッドソンなどがそうかもしれません。

はっきり言って性能的には日本やドイツなどのスーパースポーツに何一つ敵わないと思うのですが、彼等は「自由」「風を感じて走る」「仲間と時間を共有する」という人間の根本的な欲求にフォーカスしていて、これを言われるともう世界最大馬力とか100mまでの加速が何秒などという数字は吹き飛んでしまうと思うのです。

そうやって築き上げられた世界観はシンパシーを生み、熱烈なファン=ロイヤルカスタマーをつくり出します。最も上手くいっている例はAppleでしょうか。

ともかく、ブランディングの事を語りだすとキリがないのですが消費活動において豊かな経験を提供するという事は無条件な快楽や快適性だけではなく、何かしら一定のバイアスがあって可能な事かもしれない、などと届いた車の請求書を見ながら思った訳です。

このバイアスは要らない。

#車 #故障 #ブランディング


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