幻の『特別送達』

 20年近く前の冬の事です。 独身女性オンリー、泊まり込みクリスマスパーティーを終え、土曜日のお昼前にアパートに帰り着いた私を待っていたもの、 それは、一枚の『郵便物等お預かりのお知らせ』でした。 早速、郵便局に電話して、いつものごとく、
「ウィークデーは不在がちなので、職場に転送して貰えませんか?」
と、お願いしました。
「郵便の種別は何になっていますか?」
「えーと、『特別送達』です」
電話の向こうで郵便局員さんが息を飲むのが伝わってきました。
「送り主は書いてございますか?」
「ありません」
「申し訳ございませんが、『特別送達』は転送できません。 再配達をお受け取りいただくか、身分証明書持参で窓口に取りに来ていただくことになりますが…」
局員さんの口調にただならぬものを感じた私は、おそるおそる尋ねました。
「『特別送達』って、何なんですか?」
「通常、裁判所からの書類などですが…」
さ、さ、さ、裁判所!?  びっくり仰天です。
 聞けば、土曜は昼まで窓口が開いているとの事だったので、取るものも取りあえず窓口に駆け付けました。ところが、何故か、その肝腎の郵便物が見あたりません。
「配達員のY村って誰だ? Y村って居たか? アルバイトか?」
私が持参した『郵便物等お預かりのお知らせ』を検分していた郵便局員さんの呟きが漏れ聞こえ、傍らでは別の郵便局員さんが全ての書留を総当たりし、その向こうではさらに別の郵便局員さんが書留の控えを総めくりし、
「お時間がかかりそうなので掛けてお待ち下さい」
と言われ、
(借金してないし、ローンも無いし、 税金はちゃんと払っているし、保証人にもなったこと無いし、通販の支払いも全部済ませているし… 一体どうして、裁判所から私に? まさか医療訴訟?)
不安にさいなまれ、泣きそうになりながら、椅子に座って悶々と、待つこと数分。
「ありました!」
との声に振り返った私の見たもの、それは、透明窓付き箱に収まって、にっこりとほほえむ、 エンジェルキティのぬいぐるみ(付きクリスマスカード)でありました。
「あの…これって、もしかして、単なる定形外郵便…(絶句)」
「そうだったんですよー。大変失礼いたしました!」
郵便局員さん方は深々とお辞儀されました。 要するに、配達員さんが、『郵便物等お預かりのお知らせ』の郵便種別を間違っていたのでした。
 郵便局中を大騒ぎさせて見つかったのがこれ。大山鳴動して鼠一匹(猫だけど)、そんな諺すら頭に浮かび、配達員さんへの怒りよりも、羞恥心と安堵感が勝りました。
 送り主は誰なのかと見やると、達筆な友人のローマ字のサイン。それが読めなかったので、配達員さんは、送り主の名前を書き込めなかったに違いなく、よりいっそう『特別送達』の謎を深めたのでした。
 最近、偽の『督促状』なる郵便物が送られてくる詐欺が頻発しているという話をネットで見かけました。裁判所からだと焦って、記載の電話番号に電話をしてはなりません。そもそも、裁判所からの郵便物は『特別送達』で来るのです。受取不要の普通郵便ごときで来る筈がないのです。とは言え、『特別送達』なんぞと縁が無い生活をしている一般の方々は、昔の私のようにそんな事はご存じ無いに違いありません。そこで、自らの経験を長々とご紹介させて頂くことと致しました。
 当時は、配達員さんの郵便種別間違いを恨めしくも思いましたが、今では、おかげで『特別送達』という郵便種別の事を知ることができたので、ありがたいとすら思っています。

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