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追手門から続く未来への学びの庭

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福岡城は、福岡藩初代藩主黒田長政によって
1601年に築城された。城内への門は堀に架かる
3つの橋、上ノ橋、下ノ橋、追廻橋があり、
下ノ橋を渡って入る門がここ下ノ橋御門である。


大手御門という言葉には、二つの意味がある。
一つは、殿様の御前にあるという意味の大手門。
もう一つは追手門。敵を追っかけて城門を一杯に
開け広げて追討する門という意味である。


門の前に立ち、過去の情景に思い馳せる。
門をくぐった先の未来に思いをめぐらす。


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大阪城にも大手門がある。現存する大阪城の
大手門は1628年に、徳川幕府による大阪城
再築の際に創建されたものである。その門は、
幕末までは追手門と呼ばれていた。


1888年、その近くに追手門学院(大阪偕行社
附属小学校)が創設される。その後1966年に
追手門学院大学が茨木市に設立された後、
大学施設は姿形を変えながら進化していく。



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追手門学院大学 1号館 三菱地所設計 2009 

大学事務棟の建替プロジェクトである。
学院の花でもあるサクラをモチーフとした
ダブルスキンのキャストの壁面が建物全体を
覆っていて特徴的な外観をつくっている。




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ACADEMIC-ARK 三菱地所設計  2019

学院設立130周年を機に建設されたキャンパス。
この建物も、学院の花である桜をモチーフにした
ステンレスキャストの外装で覆われている。


大学施設の境界には明解な区切りがある、
大学は分棟で構成された建物群で成り立つ、
建物はおよそ四角形であるという感覚、
壁は垂直のほうが効率的であるという概念
から解き放たれたデザインがそこにはある。


境界を遮るものなく地域に開放された空間、
学びを集約するため一棟で構成された計画、
三角形の平面計画による構造的な安定性、
斜めに傾いた外壁により人を誘い込む形状
などの特徴あるデザインが展開されている。

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建物の前面には芝生広場が広がっており、
野鳥のさえずりがここちよく響いてる。
大きなオブジェのような建物は、夜には
ライトアップされ行灯となり辺りを照らす。
デザインされたカフェは地域に開放される。

地域と一体となったこの美しい学びの庭と、
際立った建物が造られたことに感慨を覚える。
ここでの学びがもたらす未来が楽しみである。

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