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【GO FOR KOGEI】光のアートの旅をする ―初秋の那谷寺にて―

 この秋の石川県は、アート好きにはちょっと忙しいのです。

 北に位置する能登地方では、世界中から現代アート作品が集まる「奥能登国際芸術祭2020+」が開催中です。さいはての芸術祭、と銘打たれたこの大規模なアートフェスティバルは、本来であれば去年開催される予定だったはずがコロナ禍によって今年に延期になりました。準備期間が長くなった分、よりアーティストたちが地域と深く結びついた作品を作ることができたということで、期待も高まります。

 そして南の加賀地方では、北陸工芸の祭典「GO FOR KOGEI 2021」が行われています。
 北陸は伝統工芸がとても盛んで、ご年配の方から20〜30代の若手まで、数多くの作家たちが居住しています。(そしてみんなで集まってバーベキューしながら、Instagramで自分たちの作品を見せ合いっこしてたりします)

 歴史と未来がごく自然に結びついている北陸を舞台に、石川・富山・福井の3県に渡って総勢20名の作家によるサイトスペシフィック(どの場所に置くかが、作品にとって大切な要素になる)作品が展示されるのが「GO FOR KOGEI」の目玉です。

 この展示の面白さは、伝統工芸のイメージを大きく飛び越え、現代アートやデザインをテーマにした作品が並ぶことです。想像を絶するフォルムや質感、色のオンパレード。そしてそれらを実現する、何百年もの間に磨きに磨き抜かれた、超絶技巧の数々。こんな贅沢なことってあるでしょうか。

 会場の1つ、石川県小松市の那谷寺に行ってきました。
 紅葉まであと一息の初秋の境内。
 それは、光が遊ぶアートの旅でした。

 小松市にある那谷寺の開創は、今から1300年ほど前の奈良時代に遡ることができるそうです。霊峰と呼ばれる白山を信仰していて、また岩山洞窟をご本尊とする洞窟信仰のお寺でもあります。真っ暗な洞窟の中をぐるっと歩く「岩屋胎内くぐり」もあります。

 秋の紅葉のシーズンには大勢の人で賑わう境内ですが、10月初旬の境内の木々は、まだ葉の先がほんのり染まっている程度。参拝客も落ち着いた雰囲気でした。

 展覧会は、境内をまっすぐ行って左手にある書院から始まります。こちらは戦乱で焼失したところを、加賀藩を治めた前田家3代目当主である前田利常が1637年に再建した建物で、国の重要文化財に指定されています。今も昔も、時の権力者から大切にされてきた場所。流れる時間の厚みが、新しい工芸を支えているのです。

 ――奥にもありますよ、是非。
 そう言って、係の方が案内をしてくれました。
 白漆喰の部屋の真ん中に置かれた黒の、艷やかなこと。
 田中信行さんの作品「Inner side-Outer side(連続する生命)2021−N」です。

 近づいたり、離れたりすると、滑らかな表面に映り込んだ私の顔が歪んで様々な形に姿を変えます。
 塗られているのは真っ黒な漆。最初は、あまりの光沢に金属的な印象を受けたのですが、よく見ると、湿度を感じる質感があり、真っ黒な水面を覗き込んでいるような気がしてきます。

 ――後ろにも回ってみてくださいね。
 促されて背面を見て、おやっと驚きました。

 ――そうです、空洞になっているんですよ。
 作品は縦に丸めたような形になっていて、隙間からは内側が覗けるようになっています。那谷寺の洞窟信仰にインスピレーションを受けて作られたそうです。
 人を包み込むための形なんだ、と気づいた瞬間、作品の温度が変わった気がしました。きっとこの黒い漆は、触ってみたら人肌のように温かいのだろうと思ったのです。(※作品に触れることは禁止されています)

 ――良い時間です。壁も見てください。
 あれ、赤い……?
 ――綺麗でしょう。これは、お隣の金堂から差し込む光です。格子から建物が見えますよ。お昼時のこの時間が、1番鮮やかです。

 金堂華王殿の真っ赤な壁面を反射して差し込む光は、天井まで真っ白な漆喰の部屋を赤く染めています。それに寄り添うように、どこからか反射した青い光の帯も走り、部屋は幻想的な雰囲気に包まれました。淡い色の中で、潤んだ艶を帯びて、黒い漆はゆったりと佇んでいます。

 私はなぜか少し切なくなって、そしてつくづくと、来てよかった、と思いました。
 作品はそれだけで成立しているのではないこと、場所や時間や光や温度といった、様々なものの力を借りることで、語りかけてくる言葉がまるで違うということを、肌で感じたのです。
  美術館やギャラリーとは違った味わい方ができるのも、場所の力を借りた企画展の魅力です。


 さて、那谷寺の会場はここだけではありません。
 境内を散策しながら着いたのは、書院庭園の片隅にある茶室「了了庵」です。

 小さな茶室の戸を閉めると、外の光は全く届かなくなりました。
 暗闇の中で滲むように光を放つのは、佐々木類さんの「水の記憶」です。

  蛍光色の光は、光をガラスに集める蓄光型の素材を使うことで生まれているそうです。歪な形の立体が、狭い入り口から奥に向かってずっと並べられているため、どこまでがこの茶室という空間の果てなのか、分からなくなります。

 もしかしたら、この部屋は亜空間になっていて、外から見た茶室の大きさよりも遥かに広がっているのかもしれない。

 そう思うと、この狭い茶室がまるで……
 「宇宙にいるみたい」
 呟いてから、歪んだ球体のような作品たちのフォルムが、何だか赤血球の形にも見えることに気が付きました。
 「人体の中にいるみたい」
 宇宙にいるみたい。人体の中にいるみたい。もしかしたらその2つは、どこか似ているのかもしれません。

 茶室を出ると、太陽の光が目に飛び込んできました。
 紅葉を目前に控えた初秋の那谷寺を吹く風は、どこまでも爽やかです。

 庭園に敷き詰められた苔の上で、柔らかい秋の日差しがちらちらと遊んでいました。

 今回の企画展に合わせて、展示ブースの蛍光灯は全て外されたのだそうです。刻一刻と変わる自然の光の中で、それぞれの人がそれぞれの作品と、その時だけの視点を持って向き合えるように、という思いとのこと。

 確かに、那谷寺の作品を思い返してみると、光の印象ばかりが記憶に残っています。
 金堂の反射光を浴びた、田中信行さんの「Inner side-Outer side(連続する生命)2021−N」
 暗闇に浮かぶ、佐々木類さんの「水の記憶」
 そして語り尽くせなかった、その他の沢山の心躍る作品たち。
 どれもが、秋の日差しの中で柔らかく透けたり曇ったりしながら、歴史ある建物の中でそっと呼吸していたような気がします。

 GO FOR KOGEIの展示会場には、石川・富山・福井ともに、国の重要文化財に指定されている歴史ある神社仏閣が選ばれています。(その他ギャラリーの展示もあります)

 次はどの会場に行ってみようかな。

 そう、この秋の石川県は、アート好きにはちょっと忙しいのです。

<了>

photo:吉岡栄一 
※撮影の時のみマスクを外しています

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