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マメクロゴウチは私の戦闘服なんかじゃない

 随分前のことになりますが、新型コロナウィルスの影響が落ち着いたタイミングで、長野に行ってきました。

 いくつかあった目的の1つが、リニューアルされたばかりの長野県立美術館に行くこと。中谷芙二子さんの霧の彫刻が常設されていることや、別館で東山魁夷の作品が見られることももちろんでしたが、何よりもファッションブランドMame Kurogouchiの10年の歩みを振り返る企画展「10 Mame Kurogouchi」が、どうしてもどうしても見たかったのです。(※現在企画展は終了しています)


 Mame Kurogouchiと言えば、日本発のファッションブランドの中で近年最も注目されているもののうちの1つではないでしょうか。記憶に新しいのは、東京2020オリンピックの閉会式で、女優の大竹しのぶさんが着用されていたアイスブルーのトップスとスカート。フォルムはシンプルですが、流線状にプリーツがあしらわれているデザインが印象的でした。計算され尽くしたシンプルさと優雅さが漂っていて、少し未来的な雰囲気もありました。2024年のパリオリンピックへの視点が込められているようにも感じました。

 芸能人の着用例で言うと、音楽ユニットPerfumeは頻繁にMame Kurogouchi を纏ってメディア出演しています。2021年春のフジテレビドラマ「大豆田とわ子と三人の元夫」では、主人公を演じる松たか子さんが劇中でたびたび着用して話題になっていました。

 また、今年6月に発売されたUNIQLOとのコラボ商品も大変話題になりました。シンプルですが、どこまでも女性の体を美しく見せようとする執念すら感じられるラインは、Mame Kurogouchiをそれまで知らなかった方々にも広く受け入れられたのではないでしょうか。値段がUNIQLO価格に設定されていることもあり、街を歩くと明らかにUNIQLO & Mame Kurogouchiのワンピースやトップスを着てらっしゃる方を見かける夏でした。私はというと、発売日の開店時間にUNIQLOに飛び込み全色全タイプをチェックした上で、数万円をお支払いさせていただきました。UNIQLOで使う金額ではなかったかもしれません。平然とお金を出しつつ、少し手が汗ばむ夏でもありました。

 Mame Kurogouchiのデザイナーを務めるのが、黒河内真衣子さんです。長野県ご出身ということで、長野県立美術館のユニフォームのデザインをされただけでなく、今回ブランドとして初めての単独企画展を開催されたそうです。

 それがまあ、最高だったのです。

 ホワイトキューブの展示室では、Mame Kurogouchiの10年を振り返る10のキーワードを元にしてブースが分けられ、ドレスやテキスタイル、ノートなどが並べられていました。

 例えば……

「刺繍」:刺繍のドローイングや図案、刺繍が施されたルック


「ノート」:黒河内真衣子さんのアイディアノートやそれを元にしたルック

「長野」:長野の雪景色や氷柱をイメージさせるグッズ

「クラフト」:日本の職人たちの伝統工芸品と、それをヒントに作られたルック

変わったものですと……

「夢」:ヴィンテージ写真を元に被写体に架空の物語を与え、そこからデザインされたルック

 ルックの華やかさに目を奪われながらも、それぞれのキーワードに込められたストーリーは温かく丁寧で、純粋さすら感じさせるものでした。「何かとても素敵なものを、ひとつずつ作ってみよう」という清潔な感性が、そしてその繰り返しこそが、このブランドの本質であるのだと感じられました。

 ゆっくりと展示を見て回るうちに、奇妙な違和感が広がっていきました。

 Mame Kurogouchiが好きなの、と言うと「ああ、現代の女性の戦闘服だね」と返されることがあります。これは、黒河内真衣子さんがブランド立ち上げ初期の頃にコンセプトとして掲げていたもので、言葉のキャッチーさもあり、ブランドネームと強く結びついて広まったように思われます。

 しかし、せんとうふく、と心のなかで呟きながら展示室を見渡してみても、そこに何か激しいもの、強いもの、奮い立たせるものを感じ取ることができないのです。むしろ、華やかな色やユニークなフォルムから伝わってくるのは、圧倒的な無邪気さでした。例えるならば、子どもの頃に姉たちとリビングのカーテンにくるまってお姫様ごっこをした時のような。花柄の厚い生地がゆったりとドレープを描いて足元に落ちるのを、うっとりと眺めたあの時間のような。

 その感覚は、あるブースを訪れたときに決定的なものとなりました。

「旅」…黒河内真衣子さんが今までに撮りためてきたスナップ写真

 写っているのは、お店の看板や、車の窓から見た外の風景(ドアミラーが少し写り込んでいる)、通りすがりの人。少し癖のある字で「なんて可愛いカーテンだろう」や「おつかれさまです」「打ち合わせ先のトイレの窓ではっとなる」など書き込まれています。あまりにありふれた、なんの変哲もない日常の光景。なのに、目が離せません。小さく印刷された、何百枚あるか分からないそれらを、ひとつひとつ見ていきます。パン屋さんの陳列棚、赤い電話、おわら風の盆。眺めているうちに、胸が一杯になっていきます。

 そうでした。
 そうだったのです。

 この世界には、美しくて、可愛くて、きらきらしたものが沢山あるのでした。見ているだけで優しい気持ちになれる、胸がときめくような、はっと息を飲むような、素敵なものに溢れているのでした。子どもの頃はいつだって見つけていたのに、学校の登下校の途中に、無機質な教室の中に、お友達の笑った顔の中に「それ」はいつでも存在していたのに、いつの間にか見えなくなっていたのでした。私の大切な、世界のカケラたち。

 黒河内真衣子さんは、それをいつでも目に映すことができるのです。わっ、綺麗だな。これ何だか可愛いな。そうやってうきうきする心を、裁断して、縫製したのがMame Kurogouchi の服だったのでした。

 企画展に合わせて作られたアートブックには、こんな言葉が載っていました。

目で色を追うのが私の日常だ。ひとつのコレクションが終わるたびに、突然、次の色が自分の中にやってくる。それはなんとも不思議な感覚なのだけれど、昨日まで深い青を追っていたにもかかわらず、道の片隅に追いやられた鮮やかな緑の鴉避けのゴミネットと出会うとその瞬間、恋に落ちたように緑しか目に入らなくなる。フェンスの緑、新緑の若葉の緑、打ち合わせしている人のペンの緑、なんでも目が緑を追いかけていく。私のカラーホリックな毎日がコレクションの核となる色を創っていく。(『10 Mame Kurogouchi』より)

 これは世界を寿ぐ服。
 世界の祝福を甘受することを知る、私達の礼服。

 Mame Kurogouchiは私の戦闘服なんかじゃない。

<了>

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