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たとえば神様みたいなAIがあったとして(私のメディアリテラシー①)

はーい!
ぴっと手を挙げて、きらきらした目が言いました。
「どうして知りたくないことも、知らなくちゃいけないんですか?」

そう聞かれて、うっと怯む私。
首を少しかしげ、まんまるほっぺの無邪気な顔が追い打ちをかけてきます。
「知らないままじゃ、いけないんですか?」

知らないままじゃいけないんですか?


これは私が少し前に小学校で行った、メディアリテラシーのワークショップでの一場面です。
対象は小学4年生のお子さまたち。
インターネットを日常的に使う彼らにとって、必要な情報をどのように手に入れるのか、間違った情報をどう見分けるのかを学ぶことは、既にリアルな課題となっているのです。
気づけば私もアナウンサー歴は10年以上。
(一応は)情報の伝え手のプロであることから、「正しい情報との付き合い方」を僭越ながらもお伝えするべく特別講師としてお招きいただきました。

番組の作り方(こんなに沢山の人が関わっているんですよ)や、取材相手の選び方(お話はこんな人に伺うといいですよ)などをお話しし、話題はフィルターバブルに及びます。

念の為お伝えしておくと、「フィルターバブル」とはインターネット上の言葉です。
検索サイトのAIはとても賢いので、利用者の好みを分析して、好みに合った情報ばかりを拾ってきてくれます。その結果、見たくない情報は遮断されてしまうことを「まるで泡の中に閉じ込められているよう」だとしてフィルターバブルという名前がつけられました。(アメリカのインターネット活動家であるイーライ・パリサーが唱えたのが始まりです)

これによって、「知りたい情報だけが入ってくる」状態が生まれます。
可愛い猫ちゃんの画像を検索していたら、次に提示されるのはもっと可愛い猫ちゃんの画像です。そこに突然ホラー映画の情報が入ってくることはありません。好きなもの、可愛いもの、美しいものだけが次々に見られる素敵な世界です。

それのどこがいけないのでしょうか?
冒頭の子どもの質問は、とても本質をついています。
どうして知りたくないことも、知らなくちゃいけないのでしょうか?
悪意あるものや、醜悪なもの、好みに合わないものを遮断して何がいけないのでしょうか?

神様みたいなAIがあったとして


 この質問に対して、例えばAIの欠点を伝えるのは簡単です。
AIが思わぬ分析をして、全然興味ない情報がどんどん集まってきちゃうこともあるんだよ、とか。悪用されたら情報操作されちゃうことだってあるんだよ、とか。似たような情報ばかりが手に入る中で視野が狭くなっちゃうかもしれないんだよ、とか。そんな事例ならいくらでも挙げられます。
その上で、「AIも完全じゃないから、本当に自分に必要なことだけを教えてくれるシステムではないんだよ。取り扱い注意だよね」と言うことだってできます。

でも、それでは少しはぐらかしているような気がしました。
じゃあ、完璧な分析をしてくれる、セキュリティもしっかりしていて絶対に悪用を許さないAIが誕生したら、問題はないのでしょうか。神様みたいなAIが作るパーフェクトなフィルターバブルになら、私達は包まれていてもいいのでしょうか。

なぜ知らないままじゃいけないんですか?
それは、インターネットの技術よりももっと深いところにある問いでした。

なぜ、自分の好きなものだけに囲まれていちゃ駄目なんですか?
なぜ嫌いな人と話さなくちゃいけないんですか?
なぜ嫌いなものを食べないといけないんですか?
なぜ嫌いなところに行かなくちゃいけないんですか?

どうして「他者」と関わらなければいけないんですか?

私は少しうろたえながら、これは私の意見ですが、と言って、こう答えました。

「未来のためです」


未来に何が起きるか分からない以上、どんな物や人や情報が必要になるか分からないからです。そのためには、色んな種類のものを集めておかなくてはいけません。いつか、自分が嫌いだったものこそが役に立つことだって考えられるからです。だから、自分とは違う意見のお友達のことも大切にしましょうね。フィルターバブルの中で生きる私達に、自分の知らない世界を教えてくれるのは、別のフィルターバブルの中で生きるお友達の存在です。だから、沢山お友達とお喋りをして、知らなかったことを教え合うのはとってもとっても大切なんだと思います

そう言うと、子どもたちは「そっかあ」と言って、納得した顔をしてくれました。私は内心ほっとしつつ、マスクの下でにっこり笑ってみせました。

未来のため、そう答えたことは今でも間違いだとは思いません。
意見の多様性を守ることは、もちろん人道的な意味もあります。
しかしそれだけでなく、未来に向けて選択肢をなるべく多く持っておくためにも、今の自分にとって都合のいいものだけでなく、都合の悪いものの存在も守るべきなのです。

だから、これはごくごく個人的なお話です。
実は先日、その考えが少し変わったことがありました。

どうやら月には、人が住んでいるらしいのです。

続く


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