第1回「茄子の刺身」
全ての道はブロッコリーに通ず。
「故(ふる)きを温(たず)ねて、新しきを知る」と昔の人は云いました。
ブロッコリーが国内で普及したのは第二次世界大戦後のこと。
しかし、日本の食文化がそれ以前から存在していたことは言うまでもありません。
そこで本企画はブロッコリーが日本に普及する以前に出版された料理に関する古文書を読み解き、これを現代のブロッコリー料理に応用できないかを考え、実践することで「新しきブロッコリー」を知ろうという試みです。
解読編(茄子の刺身)
今回読み解く料理は「茄子の刺身」!!
出典は1903(明治39年)1月に出版された「日用惣菜家庭料理」という料理本です。茄子で刺身とは、なかなかミステリアスな香りがいたします。
ブロッコリーについても触れられていた例の古文書は口語訳すら難解でしたが、明治後期の書ともなるとどことなく現代に通じる書き方で、今回はそこまで苦戦しませんでした。さらにこれをイマドキのレシピっぽくなるように現代語訳していきます。
レシピ:茄子の刺身
時を超えて補足するならば「水に漬ける時間は10分、ゆで時間は3分」といったところでしょうか。
「芥子味噌(からしみそ)」についての記述が見当たらないところをみると当時はこれくらい知っててアタリマエだったのかもしれません。現代の芥子味噌とは作り方が異なる可能性もあるので、これも当時の文献を探してみました。
調べてみると、1906年に出版された「野菜料理」という本に芥子味噌の記述が見つかりました。今回はそちらを参考にしました。
レシピ:芥子味噌
原本には味噌を裏漉しする工程が書かれていたのですが、現代には「こし味噌」という便利なものが売っておりますので、これを使えばオッケーブロッコリーでしょう、ということで省略しました。使えるものは使ってラクしましょう。
材料はともかくとして、どこを読んでも分量が見当たらないため、①の芥子粉は小さじ1、水は小さじ1/2、②のこし味噌、砂糖、みりん、水はいずれも大さじ1とします。
現代の食品科学によると「芥子粉は40℃で辛味成分がよく出る」とされているため、ぬるま湯で溶かすと辛味がアップするようです。
※練った芥子を加える量は辛さのお好みに応じてご加減くださいませ。
実践編(茄子の刺身)
さぁ、頭の体操を終えたところで、いよいよ実践編。
解読した内容を元に茄子の刺身作ってまいりましょう。
まずは芥子味噌から作っていきます。
続いてメインとなる茄子を調理していきます。
ゆで終えた茄子はザル上げして自然に冷ますのが本来のやり方ですが、今回は時短のため、ポリ袋越しに流水を当てて冷ましております。
いざ実食!
作り方や見た感じから、なんとなく予感はありましたが、想像通りの『ナス田楽』の風味と食味。
味噌とみりんの甘さがナスに絡み、芥子の辛さが良いアクセントとなってハーモニーを奏で、茄子の歯応えも気持ちいい一品です。
100年以上前のレシピということで少しだけ身構えておりましたが、令和でも余裕で通じるナイスレシピで、あっという間に完食してしまいました。
古文書グルメ、最高…!
応用編(ブロッコリーの刺身)
ここからはブロッコリーへの応用を考えてみましょう。
何も考えず、同じ要領でブロッコリーを調理していきます。
ここまでやっておいて、私はあることに気がつきました。
そうなんです。ブロッコリーは茄子とは異なり、加熱後に手で絞っても水分がそこまで排出されないので、普段通りに加熱して芥子味噌をディップして食べるのとそう変わらないのです。
つまり、今回着目すべきはブロッコリーの刺身としての可能性ではなく、芥子味噌のディップソースとしての可能性ではないかと考えました。
芥子味噌とブロッコリーの相性ですが、これはこれでオッケーブロッコリー。これに1つ加えるとしたら何だろうか、と考えて真っ先に浮かぶのはやはりブロッコリーディップの王道「マヨネーズ」ではないでしょうか。
今回参考にした古文書に茄子の刺身(1903)と芥子味噌(1906)のレシピが記された当時はまだ国内ではマヨネーズが販売されておらず、レシピの可能性を試した人はいなかったと考えられます。
マヨネーズが加わることで、乳的なコクが生まれてよりナイスなディップソースになりました!
レシピ:古(いにしえ)のオッケーブロッコリーソース
今回は刺身としてのブロッコリー起用は成りませんでしたが、代わりにオッケーブロッコリーなディップソースが見つかったので良しといたしましょう。
奥深きブロッコリー道。その探求の旅は続く…
編集後記
今回の訳で最も苦しめられたのは茄子の刺身における「薩張り」というワードでした。(原文:芥子味噌を懸けたのが茄子の刺身で薩張りしたお菜となります)
薩張り。さっちょうり。さつばり。さいごうたかもり...?
初めは日本古来の調理技法を疑いましたが、それでは文脈上「薩張り」が刺身を使う謎の技法となってしまい、どうにも意味が通りませんでした。
と、頭をひねっていると、ふと答えにたどり着いていることに気がついたのです。
調べてみると当時の文豪が用いた「さっぱり」の当て字だそうで、いわば明治時代のトレンドワードということみたいでした。そりゃわかりませんとも。
しかしよくよく考えてみると、私が著書において100年後のことを考慮したかと言われれば、出版時点の現在に生きる人達に向けて書いているので、まったく考慮しておりません。
つまりもしあのレシピ本を100年後に訳そうとする人が現れた時、随所に散りばめられた「オッケーブロッコリー」の意味が薩張りわからず頭を抱えることになるかもしれませんが、それはそれで時代の趣きということで楽しんでいただければいいのかな、と思います。
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