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31歳、いのちの折り返し地点 - withコロナ時代、九谷焼の産地で起きていること

1989年4月18日生まれ、牡羊座、O型。幼い小学生の頃、当時の先生から整列の号令がかかり、生年月日順で並ぶといつも先頭でした。4月生まれの人を見つけると、今でも親近感を覚えます。

毎年この時期に迎える誕生日。まさか今年の誕生日が、こんなご時世の中で迎えるものになるとは思いもよらなかったですが、日頃お世話になっている方のおかげさまで31歳を迎えることができました。

まず記事の本題に入る前に、この度の新型コロナウイルスによって、影響を受けられた皆様に心よりお見舞い申し上げます。

各報道でご存知かと思いますが、私の暮らす石川県も新型コロナウイルスの感染者がとても早いペースで急増し、4月20日時点で178名が感染者数として計上されています。

このような状況下の中で31歳の誕生月を迎え、九谷焼の産地からどんなことを伝えていくべきか悩ましく思い、記事を書こうとしても中々ペンが進まない状況でした。

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私が事業企画と運用に入っている、隈研吾氏建築設計の九谷焼の複合型文化施設「九谷セラミック・ラボラトリー(運営母体:石川県九谷窯元工業協同組合)」も、一週間前の4月14日(火)から当面のあいだ臨時休業とさせていただきました

また、産地の総合芸術祭「KUTANism(クタニズム)(事務局:石川県小松市・能美市)」、『GO FOR KOGEI 北陸で出会う工芸の可能性(事務局:NPO法人趣都金澤)』についても、今後の対応方針を事務局が主体となって検討されています。

withコロナ時代、九谷焼の産地で起きていること

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経済の仕組みが大都市圏と地方では違うこともあって、地方に行くほど景気変動を実感値としては感じにくいのではと思います。大都市ほど景気変動の影響は顕著ですが、地方は各地域ごとの“循環する生態系”の中で経済が回るので、そこまで影響がなく感じることもあります。

ただ一方で個人的に恐れているのが、”緩やかに衰退が続いてしまうこと”です。

作り手の方々に影響について聞くと、口を揃えていうのが「一番最初に波が来て、一番最後まで影響を受け続けるからね・・・」という言葉。緩やかにではありますが、九谷焼の産地の状況も少し変わってきました。

九谷焼の素地を作る各窯元は生産調整に入り、週の稼働日を半分以上減らしているところもあります。また、展覧会の中止に伴って個人作家さんは販売機会を失い、先の読めない状況の中で制作を進めづらい状況になっています。粘土屋さんも注文が減り、稼働も減らしていくそうです。

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私が暮らす石川県小松市では、九谷焼関係の組合が2つあります。一つが素地を生産する窯元が所属する「石川県九谷窯元工業協同組合(通称:九谷窯元組合)、もう一つが上絵作家さんが所属する「小松九谷工業協同組合」です。

90年代前半まで続いたバブル期は、九谷焼の売り先となっていた百貨店がとても影響力の高い時代でした。売り先の百貨店が儲かれば、もちろん百貨店と取引がある問屋さんも儲かり、そして問屋さんと取引がある窯元も”作れば売れる”状況に。当時を知る方は「すごい時代だった」と言います。

景気の良かったバブルが弾けると、次第に百貨店が儲からない時代を迎え、時代の変化に問屋さんも適応できず、結果として50%以上が廃業となりました。

もちろんその影響は産地の窯元にも及び、九谷窯元組合に所属する窯元は最盛期の半分以下となっていると聞いています。

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・・・長くなりましたが、何を言いたいかというと、世の中の変化に応じて、産地も緩やかに影響を受けざるおえない、ということです。大都市圏と比べて直接的な打撃は感じづらいかもしれないですが、緩やかに影響を受け続けると思っています。

緩やかな衰退が続くことを悲観するだけで、ただ眺めている訳にはいかないので、産地も社会の変化に適応していかなければならない。と思いながら、いま出来ることがないか模索しているところです。

もちろん、バーチャル陶器市を導入すると発表した益子焼や有田焼の事例は参考になりますが、他産地と比べて産地構造も違えば、作っているものも違います。

産地を支え続けた”美術九谷”と”産業九谷”の両方が、しっかり両方の価値をお伝えした上で、届くべきお客様の手に届くように。今は水面下で進めておりますので、お知らせできる状況になったらまたお伝えしたいと思います。

31歳、いのちの折り返し地点にチャレンジしたいこと

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・・・さて、31歳になりました(2回目)。あっという間に2,000字に及ぶ記事になってしまったので、、、簡単に書きたいなって思います。

私が人生について考えるとき、自分の人生は60年間で考えています。あくまでも主観的な考えなので根拠はないですが、31歳という年齢は人生の折り返し地点にあたると思っています。

この31歳の一年間でチャレンジしたいこと。それはこの3つです。

1)沢山の方々に九谷焼の生まれる「原場」と出会ってもらうこと
2)幅広い形で生まれている九谷焼のそれぞれの価値を広く伝えること
3)2021年に向けて、食と工芸のお店を開く準備を進めていくこと

それぞれについて紹介を始めるとまた長くなってしまいそうなので、、3つのチャレンジについてはまた書きたいと思います。

「え!・・・ちょっと、、どんな内容か気になります!」って方は、一つ目のチャレンジだけ各種媒体に紹介され始めてますので、そちらを良ければご覧くださいー!


ここまで記事を読んでいただき、ありがとうございます☺️ 皆様にいただいたサポートは九谷焼のつくり手のお手伝いに使わせていただきます。