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「名探偵コナン」の30年

今年の1月で連載30周年を迎えた「名探偵コナン」(青山剛昌/1994-)
連載当初は地味な印象のあった推理漫画というジャンルで30年におよぶ長期連載となり、かつ先月公開の映画が昨年に続いて興行収入100億円を突破するなど、むしろ人気が高まっていることを感じさせる、国民的人気作だ。

30年と言えば、ほぼ平成の期間に相当し、「失われた30年」と言われる経済低迷期にも相当する期間である。

この30年での目覚ましい変化は、何と言っても通信環境だろう。
連載初期は、蘭に対して公衆電話から自宅の固定電話に連絡していたコナンも、今やスマホを駆使するのが当たり前になっている。
1997年頃の連載では、阿笠博士がパソコン通信に凝っているという表現があり、それがために自宅の電話回線が不通であるというのは、もはや現代の若者には理解できない内容ではあるまいか。

現実世界を舞台にして、科学的・論理的に推理を構築して解決に導く作品の特性がありながら、過去のエピソードも現代のエピソードも、それほど違和感なく読めてしまうのは、推理のトリック以外の部分に普遍性があるからだと思われる。


「名探偵コナン」の普遍性

「名探偵コナン」に登場するキャラクターたちは、特に最初期においては、みな古典的なものだ。
コナンの出で立ちは、戦後少年漫画に登場するような(例えば「鉄人28号」(横山光輝/1956-1966)の正太郎少年のような)七五三スタイルであるし、阿笠博士は「鉄腕アトム」(手塚治虫/1952-1968)のお茶の水博士に代表される、アルベルト・アインシュタイン(1879-1955)の系譜にある。
少年探偵団は「ドラえもん」(藤子・F・不二雄/1969-1997)で良く知られる主人公の同級生からの流れである。

また、キャラクターの名前や設定、人物背景については、過去の創作物から多く引用されており、そのスクラップ&ビルドが読者に対して既視感や親和性を生むだけでなく、読者の文化的素養をくすぐられるものとなっている。

新しい作品に対して、過去作の要素(元ネタ・典拠)を含めて作品に厚みを出す手法は、平安時代の和歌から文明開化後の小説、果ては近年の映画・漫画・アニメ作品に至るまで、枚挙に暇がない。

これに加え、超人的な能力を持つ主人公・主人公の変身(正体を隠す必要性)・犯罪組織との攻防は、幾度となく少年漫画で取り上げられたモチーフであり、ストーリーの根幹にも普遍性がある。
またラブコメ要素も少年漫画では普遍的なテーマであり、主人公たちの心の機微・変化は、どの時代においても青少年の一大関心事である。

「名探偵コナン」の生まれた時代

「名探偵コナン」が誕生した1994年は、バブル崩壊が決定的となり、一連のオウム事件(1994-1995)阪神淡路大震災(1995)相次ぐ銀行・証券会社の破綻(1995-2003)など、価値観の転換と世紀末を色濃く意識する頃であった。
少年漫画では「週刊少年ジャンプ」の発行部数が653万部(1995)に達し、「ドラゴンボール」(鳥山明/1984-1995)やその系譜にあるバトル漫画が隆盛を極めていた。

その中にあって「名探偵コナン」は当初地味な印象で、同作者による前作「YAIBA」(1988-1993)より王道の「少年漫画感」が失われた感もあった。

しかし、バブル期のような「夢」が見られないシビアな現実を突きつけられる時代となるにつれ、実写映画でも「あぶない刑事」(1986-)から「踊る大捜査線」(1997-)のようなリアルな作品が好まれるようになり(*)、漫画作品でも「GTO」(藤沢とおる/1997-2002)のようなリアルな社会問題や教育問題が取り上げた作品が人気を博し、1997年には「週刊少年マガジン」がジャンプの発行部数を上回るなどした。

*1998年公開「あぶない刑事フォーエヴァー THE MOVIE」の興行収入8億8000万円に対し、同年公開の「踊る大捜査線 THE MOVIE」は興行収入101億円

こんな時代にあって、「名探偵コナン」の現実に即した推理漫画は、それまでの超人的で現実離れした主人公が活躍する漫画とは一線を画し、人気を高めていったものと思われる。

「名探偵コナン」の今後

原作者・青山剛昌によれば、

最終回のネームは描いてあるからぼちぼち進めていきますよ

「ダ・ヴィンチ」(2024年5月号/KADOKAWA)

と語られているが、登場人物も多くそれぞれの関係性が深まる中、八方丸く収めるのは難しいように感じる。

例えば、コナンが新一に戻ることで、コナンが蘭や少年探偵団の前から姿を消さなくてはならないし、新一と蘭がハッピーエンドを迎えると、灰原の気持ちはどうなるのか、といった問題がある。

また、今年公開の「名探偵コナン 100万ドルの五稜星みちしるべでは、「名探偵コナン」だけでなく、「青山剛昌ワールド」に関わる真実が示されたため、収束はより時間を要するようにも思う。

また、経済的に見ても「コナン映画」は今やドル箱であり、今作のような地方創生や、原作・アニメ・関連商品への影響を考えると、簡単に手放せない作品となっている。
かつて「ドラゴンボール」の終了時に「関連企業の株価・業績への影響を考え、トップ級会議が行われた」というが、本作も同様の影響が懸念される。

連載が終了しても、これまでの国民的作品同様、アナザーストーリーを作ることは可能だが、「コナン」の場合、コナン(新一)誕生以前から現在までエピソードが詰まっていて、「エピソード0」や空白の期間を生める物語が作りにくい。
また、昨今の映画シリーズは、原作ではまだ明かされていない作品上の重大な事実が明かされるケースがあり、それも観客動員数の増加につながっていると考えられる。
もし、連載終了後に「コナン映画」を制作したとしても、それは本編や本編の登場人物には全く影響しないことが自明となり、緊張感や面白みを下げてしまうことだろう。

あと10年くらいで完結して欲しい

とはいえ、作者も還暦を迎えている。
先日放送の「プロフェッショナル 仕事の流儀 スペシャル 世界を、子どもの目で見てみたら 〜漫画家 青山剛昌〜」(2024年5月2日放送/NHK)を見るに、およそ健康的な生活を送っているようにも思えない。
先日の鳥山明もそうだが、漫画家の急死は比較的多いように感じる。

作者急死により、ネームだけが残された―などということが無いように、元気なうちに30年がかりの壮大な「謎」に終止符を打って欲しいものである。

劇場用最新作公開から1週間、函館・五稜郭タワーにはコナンファンの行列があった


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