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スピノザの原因概念

 スピノザの原因概念を問題とする理由は、彼が「エチカ」において神を自己原因であると定義して、それを論証の根幹に置いているからだ。
 スピノザがアリストテレスの目的因を排し、作用因のみを認めていたことは「エチカ」の愛読者なら周知のことだろう。
 だけど作用因にもまた多くの種類がある。
 これはスピノザ全集の上野修訳「エチカ」の注釈で初めて知ったことだけど、スピノザの原因概念は当時オランダで普及していたへーレボールト著「論理学解説」を下敷きにしていたらしい。
 それによると、作用因にはさらに次の八つの下位区分がある。
 ①流出原因と活動原因
 ②内在原因と推移原因
 ③自由原因と必然原因
 ④それ自身による原因と偶然による原因
 ⑤主要原因と副次原因
 ⑥第一原因と第二原因
 ⑦普遍原因と特殊原因
 ⑧近接原因と遠隔原因

 スコラ的だと笑ってはいけない。
 「エチカ」第一部を読むと、スピノザがこれらの下位区分を一つづつ丁寧につぶしていることがよく分かる。この区分を下敷きにしたのは間違いないだろう。
 まず①流出原因と活動原因、については「エチカ」第一部定理17備考で、「神の最高の力能ないし神の無限の本性から(中略)必然的に流出した」とある。つまり流出原因としている。スピノザのいう作用因とは活動原因のように他の延長物体に作用するというようなものではないんだな。
 では流出原因とは何か?
 上野修訳の注釈の丁寧さには驚嘆してしまう。
 それによると活動原因とは、活動において結果を生じる原因のことで、例えば火はその活動によって自分の外部に暖かくなる事物という結果を生じさせる。
 これに対し流出原因とは「ある事物から直接的に、かついかなる活動をも介さずに何かが流出してくるときの、その事物について言われる」ものだ。
 例えば火がそれ自身の内的な熱の流出原因である。つまりあらゆる形相(火の本質)がその特性(熱いという性質)の流出原因である。
 そうしてみると私見では、神=実体が様態の流出原因であるというのは、神=実体の活動によって様態を生じさせているのではなく、つまりビッグバンのようなものではなく、神=実体の本質がその特性(無限知性や意志や無限延長)を無限様態として示していることを意味する。これはドゥルーズが様態を属性の表現としていることと相即するようだ。つまり流出説とは本質による様態の表現関係でもある。
 
 ②内在原因と推移原因については、「神はすべての事物の内在原因であって、推移原因ではない」(第一部定理18)で明確だ。まさにへーレボールトの区分を踏まえている。そして内在原因であることは、外部へ作用するのではないから流出原因であることとも相即する。

 ③自由原因と必然原因については、第一部定義5で、それ自身の本性の必然性のみから存在するものが自由であるから、神=実体のみが自由で、それ以外の様態は必然ということになる。

 ④~⑦について、スピノザが左側を採っているのは自明であろう。
 
 問題は⑧の近接原因と遠隔原因だ。
 スピノザは流出原因を採っているので、中間に他の原因を介さない近接原因を採っているのは明らかだけど、それはあくまで神=実体と無限様態との関係においてのみだ。有限様態になると話は別になる。
 スピノザによると有限様態の近接原因は他の有限様態でしかない。例えば私の近接原因は私の親である。有限が無限と直接因果関係を持つことはない。
 すると有限様態にとって神は遠隔原因になりそうだが、スピノザはあくまで近接原因を貫くんだな。
 その論理は「様態に変状されていると見られる限りでの神」(第一部定理28証明)だ。
 つまり有限様態の近接原因は有限様態でしかないが、その様態を神の変状としてみると、(変状した限りの)神を近接原因としていることになる。
 なんともややこしい論理ではあるが、「限りの神」は「エチカ」第二部以降でも頻出する論理なので、この定理を熟読玩味する必要がある。

 以上からスピノザの言う「作用因」が自然科学でいう運動変化の原因とはまったく別のものであることが分かる。自然科学の原因概念は上記の八区分の右側に相当しているのに対し、スピノザのそれは左側に相当しているからだ。
 にもかかわらずスピノザが原因概念をアリストテレスの他の三原因(形相因・質料因・目的因)ではなく、あくまで作用因としているのは、自己原因のパラフレーズとして神の本質を力能と捉えている(第一部定理34)からである、と私は思う。

 上野修訳「エチカ」は注釈が丁寧であり、それも文献的根拠に基づいているのでスピノザ愛好者にとっては必読書である。
 ドゥルーズや福居純の先行研究を読みながらもモヤーッとしていた論点が、へーレボールトという文献的根拠によって統一的に整理しうるようだ。

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